自尊心といわゆるプライドは別物!自尊心を高めよう!自己否定不要!
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 オニギリス!

脱マンネリストのオニギリです!今回もよろしゅう!!

「私には価値なんてない…」

「私にいいところがあるなんて思えないなあ」

「私絶対みんなから嫌われている…」

現代は自尊心が低くて自分を責める人が非常に多いですね。

いや、昔もかな?みんなが悩むのはわかるけど悩み過ぎは体にワロシ! ということで、今回は自尊心の高め方をみていきましょう!

では、ゆるりとお送りします。

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1、自尊心はいわゆるプライドとは違う

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「自尊心とプライドって何が違うの?」

確かに自尊心とプライドは似ていますね。

辞書で調べてもプライドは自尊心と訳されていたりします。

しかし、心理学的には大分違います。

自尊心は「今のありのままの自分に価値があると認める感覚」です。

一方のプライドの根底には強い承認欲求が存在しています。

プライドが高い人は自分に自信が本当はないのです。

自信がないからこそ他者との比較によって価値を確認しないと安心できないのです。

つまり、プライドの高い人と言うのは自尊心の低い人
なんです。

自尊心が高いなら周りからの評価に関わらず「自分の存在を肯定できる」、つまり、幸福になることができます。

一方、自尊心が低いとどんな資産家になろうとも幸福にはなれません。

いつも尽きることのない承認欲求と空虚感にさいなまれます。

幸せに生きるためには不可欠なもの、それが自尊心です

キリスト教でも七つの大罪の一つにプライドが挙げられていますが納得です。

少し言いすぎかもしれませんが、プライドは人に不幸をもたらす厄災かなともおもったりします。

ただ、厳密に言うとプライドにもいい奴と悪い奴がいるんですね。

そこんとこ詳しく知りたい人は以下へどうぞ。

参考記事等

あと承認欲求についてはこちら。

参考記事等

2、自負心なんていらないよ

日の出, 日没, 水, 霧, 反射, 湖, 風景, ミスト, ツリー, シルエット, 太陽, アウトドア, 空

 そして、これまた似たような言葉に「自負心」というのがあります。

辞書などでは「自分の才能だったり仕事について自信を持ち誇りだと思う心」と説明されたりします。

自信を持つ対象が仕事や才能だという点では自信の一種といえますね。

誇りと言う言葉自体が他を意識した言葉です。やや個人的な見解ではありますが、自負心をもつことは不幸を招く気がします。

自分は足っても足りなくても自分、そんな自尊心がありさえすれば他との比較で優劣や上下なんぞを競う必要も認識する必要はありません。

誇ること自体必要ありません。

人は比較することで通常ものごとを判断します。

しかし、自分の価値については他からの干渉を受けてはいけません。

生きる上で軸がぶれてしまっては幸福は一生訪れないはずです。

参考記事等

3、あなたの自尊心は何点ですか?

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 さて、あなたの自尊心がどれくらいかをはかってみましょう。

Mimura & Griffiths両氏によって2007年に発表された日本版RSESというチェックリストをつかいます。

このチェックリストは近年、信頼性が高いテストとして使われています。

自尊心が低いからもうダメと言う事はありません。

むしろ、認識しないことの方がよほどおそろしいです。

自分としっかり対峙して改善すればいいだけです。

まず、点数の付け方と点数の解釈です。

以下それぞれの質問に次の基準で点数をつけ解釈して行きます。

以下引用です。

日本版RSES(RSES-J)は、各設問に対して回答者が4段階で評価を行います。4段階の内容は、「1=強くそう思わない」「2=そう思わない」「3=そう思う」「4=強くそう思う」となっています。

 

ちなみに、10の質問項目のうち、逆転項目となる5つの質問(時々、自分はまったくダメだと思うことがある/私には誇れるものが大してないと感じている/時々、自分は役に立たないと強く感じることがある/自分のことをもう少し尊敬できたらいいと思う/よく、私は落ちこぼれだと思っていまう)については、「4=強くそう思わない」「3=そう思わない」「2=そう思う」「1=強くそう思う」で加点します。

 

自己肯定感が低い・高いを判断する基準としては、簡単な目安として20点以下を低い、30点以上を高い基準としており、日本の健常者の平均は概ね25点前後であると言われています。 

私は、自分自身にだいたい満足している。

時々、自分はまったくダメだと思うことがある。

私にはけっこう長所があると感じている。

私は、他の大半の人と同じくらいに物事がこなせる。

私には誇れるものが大してないと感じている。

時々、自分は役に立たないと強く感じることがある。

自分は少なくとも他の人と同じくらい価値のある人間だと感じている。

自分のことをもう少し尊敬できたらいいと思う。

よく、私は落ちこぼれだと思ってしまう。

私は、自分のことを前向きに考えている。

引用元
https://www.katariba.or.jp/news/2018/08/15/11856/
 

さて、どうだったでしょうか? ちなみに私は36点ですね。

まあ、納得です。

基本いまとなっては誰とも比較しないでいきていますからね。

ただ、あまりに自尊心が強すぎるという事は自己批判能力の欠如にもなりかねないので高ければいいというわけにもいきません。


「私は私」の考えもいきすぎたら「私がいいからいいんです」という独りよがりになりかねせん。

これは私の今後の課題と言えそうです。

4、自尊心が低い人の特徴

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 では、ここからは自尊心の低い人の特徴についてみていきましょう。

・自分の力を信じられない

 自分が何かをやりたいとおもっても、何か仕事を任されたりしてもやるまえから「自分には無理だ」などと決めつけて手をつけないことが多いです。

このように自分の力を信じられないのは自尊心の低さゆえです。

・自分を好きになれない

 自分を否定する気持ちや自分を嫌う気持ちが強い人は自尊心が低い可能性があると言えます。

自虐ネタのバリエーションが多すぎる人も要注意と言えます。

・挑戦する気力がない

 自分に足りないものを補うための努力をすれど一向にうまくいかない、こんな経験が続くと次第に無気力になります。

新しいことに無関心になり、挑戦しようという気力すら失われます。

このように自分自身の可能性を信じることができないのは自尊心が欠如している証拠です。

・嫉妬深い

 誰への嫉妬が激しくなるかというと「いわゆるできる人」や「運に恵まれている人」などです。

自尊心の低い人は自分の頑張りが報われていないという気持ちが強く、それが原因で嫉妬深くなりやすいと言えます。

場合によっては周りの足をわざと引っ張るようなことをいったり、嫌味をいったりすることもあるでしょう。

ただ、嫉妬も使いようでは有益な感情といえます。

誰かをうらやましいと思うとき、そこには「あなたの欲しいものが明示されている」のですから、、、。

妬みについてくわしくは以下からどうぞ。

参考記事等

5、自尊心が低い原因

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 はい、ここからは自尊心の低い人がなぜ低いのかその原因をさぐっていきましょう!

・失敗に敏感すぎる

 過去に失敗を経験していると失敗をおそれて「もう失敗したくない!」と保身にばかり躍起になりがちです。

でも、その選択はあなたが望んだものだったのでしょうか? 

自分に嘘をついて選んだ選択は自尊心を損なう原因となりえます。

・他人を気にし過ぎる

 自分の意見が批判された時に周囲の意見に流されやすい性格だと、すぐに「自分はまちがっているんだ」などと自己批判を始めてしまいます。

協調性が高すぎる人は要注意でしょう。

なお、男性の場合は体を鍛えることで他人の目線が気にならなくなるなんて話があります。

他人からの目線が気になってシャーないって人は筋トレしようぞ!!

目指せ、ゴリマッチョ!!

・自分の意見が認められない

 自分の意見や気持ちが通らないのは自尊心にとっては大きな痛手です。

周りの意見をきくなどして自分自身で決定して意見を変えたのなら何も問題はありません。

問題となるのは自分の意思に反して行動させられたのだとか、無理やり望んでいたことをあきらめたと感じることが多くなった場合です。


次第に「私には価値が無いんだ」などといった気持になり自尊心が損なわれていしまいます。

なので、説得の技術なんて覚えておくといいかもしれませんねえ。

詳しくは以下からどうぞ。

参考記事等

6、自尊心を高めるための方法

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 ここからは自尊心を高めるために何をしたらいいのかを具体的にみていくとしましょうか。

・自分の長所に気付く

 自尊心が低いと自分には何もいいところはないのではないか? なんて考えがちです。

でも、実は短所と長所は見方によって変わるものです。

状況によって解釈が違ってくるのです。

問題は活かし方にあります。

例えば、外向性が低い人は高い人のことを生きやすいなどと考えたりしますが、いいことばかりではありません。

外向性が高いと無神経になりやすかったり、色々な所へいくので事故にあうリスクが高まったりします。

一方、外向性が低いと(つまり内向型)外向性が高い人とくらべて比較的集中があり細かい作業も得意です。

医師や弁護士等の専門職には適性があるといえます。

また、外向性が高い人とくらべて常日頃から色々な事を考えながら話をしているため、人の心の動きに敏感でもあります。

話すのは得手でなくとも聞くのは得意な人がおおいのではないでしょうか?

自分の長所を探したい方はビッグファイブテストをうけてみるのもありです。

気になる方はこちらの記事へどうぞ。

あとはものの見方を変えるリフレーミングなんかも効果的ですね。

参考記事等

そして、内向的な人で外向性を身に着けたい人はこちらからどうぞ。

参考記事等

・すなおにほめ言葉を受け取る

 日本の文化のせいもありますが、多くの人は謙遜するのが習慣になっています。

これは自尊心が低い人にはあまりいいことだとおもっていません。

ほめられたら素直に「ありがとう」と感謝を伝えるのがベストです。

しかし、受け取りづらい人もいるかと思うので発想を転換しましょう。

実は感謝をすることは相手への敬意でもあるのです。


誰かがあなたに「優しくて素敵なかたですね」と言ったのに対して「いいえ、とんでもない。私なんて…」と返答する事は相手に失礼です。

なぜか? それは相手の「あなたは優しく素敵だ」という解釈を否定することになるからです。

感謝されれば普通の人は嬉しいので感謝をするのが最善と言えます。感謝こそ最高の返しです。

ただ、なかには「ありがとう」ということに対して「お世辞で言ったのに調子にのるな!」などの返答をしてくる人も中にはいます。

そういう人はそもそもあなたが仲良くできる相手ではなかったとあきらめましょう。

人間誰とでも仲良くはできませんし、誰からも好かれることは不可能です。

もし、反撃が怖いのなら「いいえ、とんでもない。私なんて(まあ、よく親切だと言われることはおおいよ?うん、知ってる知ってる)」みたいに心のなかで謙遜の言葉の後は自分を必ず肯定するようにしてみましょう。

表向きには否定しても心の中では肯定するのも手ですね。

・成功体験を蓄積しよう

 やはり、成功体験の蓄積にまさるものなしです。

できる限り無理のない小さな課題を自分に課して、それをクリアしていきましょう。

そして、それをクリアしたら自分を「やればできるじゃん!あなたすごい!」みたいに大いにほめてあげましょう。

課題の設定にはスモールステップの原理が使えます。

詳しくはこちら。


・自分史を振り返る

 自己効力感の記事でも触れましたが、自分史を振り返ることはとても重要です。

自分がほめられた経験を思い出したり、どんなことを達成してきたのか、どんなことで人の役に立ってき地感謝されてきたのかについても良く思いだしてみましょう。

きっと、何か思い当たるはずです。

あなたは無価値ではありません。

日頃は目の前の事に気を取られて自分の価値に気が付いていないだけです。

ですから、よく思いだしてみましょう。

・環境を変える

 上述のようにあなたにも必ず長所はあります。

短所だとおもっていることも見方を変えると長所になるのは先程お話しした通りです。

ここでいう環境を変えるというのはあなたの長所が発揮されやすい環境作りをするということです。

人にはそれぞれに適性があります。

日本では短所ばかりに目を向けて、それをカバーする姿勢ばかりがよしとされます。

しかし、それでははっきり言って効率が悪いです。

不得意なものは努力の割には進歩しません。

さんざん努力しても人並みになるのが関の山だったりなんてこともあり得ます。

進歩が遅いのでは次第にやる気もうしなわれてしまうというもの。

自尊心が低い人にとってはなおさらです。

例えば、経理で有能だった人が営業で有能かと言ったらそれは違うでしょう。

それは逆もしかりです。やはり、自分に合ったものをやるべきです。

ですから、学生の人であれば、ビッグファイブテスト等々の診断を頼りに自分の特性を理解して色々なアルバイトをやってみることもいいでしょう。

社会人の方で今の業務が自分にあっていないと強く感じるなら異動願いを出してみるのもいいかもしれません。

なにより、仕事はやってみない限り合っているかなどわからないのです。

客観的に分析したらそれを参考に行動してみましょう。

・セルフコンパッションを高める

セルフコンパッションとは「自分に対する思いやり」のことです。

現代の社会はやたらと「自分に打ち勝て!」とか「自分に負けるな!」等と言われることが多すぎるような気がしてなりません。

自分に厳しくなるのは自己否定につながるため、メンタル的には害悪といえますね。

なので、自分にもっと優しくなりましょう。

もっと、自分に思い遣りをもってください。

「自分にも人にも優しくなる」のがいいのです。

人に優しく自分に厳しくでは精神のバランスが取れません。

それは自分自身に一種の「自己犠牲を強いている」のと何ら変わりません。

なので、失敗しても自分を責めるのではなく「励ましてあげる」ということを旨としてくださいね。

人間なんてどうせ不完全、「何かが欠けた状態こそが普通」なんです。

完璧なんて追わなくていいのですよ。

もっと自分を大切にしてくだいな。

お願いします。

セルフコンパッションの高め方については以下からどうぞ。

参考記事等

7、自尊心の保ち方(私の場合)

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 さて、ここからは完全に余談です。

興味がある人は読めばいいし、無い人は読まなくていいものです。

先程の結果からわかるように基本的に私の自尊心は低くないです。

でも元々はかなり低いやつでした。

そして、行きすぎた完璧主義でした。

そんな私が自尊心を取り戻した考えについて少しはなそっかな、と思いました。

ではでは、何か参考になりそうだとおもえたらどうぞ。

・死を友人として生きる

 いきなりこいつは何をいっているんだ? と思う人が多そうなタイトルをつけましたが、タイトルどおりです。

死を忌み嫌うのではなく受け入れること、むしろ友人として迎える事を意味しています。

死は誰にでも訪れます。

それが遅いか早いかだけにすぎません。

いずれ結局皆死ぬのです。

さらに今生きている事は偶然にすぎません。

もしかしたら、明日通勤の際に事故にあって死ぬかもしれない、夕飯の買い物の際中に車にひかれるかもしれない…生きているのは奇跡です。

むしろ死こそがありふれた状態、当り前の状態なのかも知れないと思うのです。

そう思えばこそ、生きていることと死んでいる事にそう違いはないというか、違いを見つけようという気すらなくなってきました。

今自分が感じる心に素直に行動すればいつ死んでも悔いはない、だから、常に自分の本心を大事にしようという考え方になりました。

これが死を友人として、つまり、死を受け入れて生きるという私の考えです。

見栄のために自分の本心やあり方を偽ること、そう、プライドや自負心を持つことも悔いを残して死ぬことになると考えています。


生に執着せず、今の気持ちに素直に生きることが大切だと思います。

・不完全こそ完全と知る

 昔の私は自分が「人間であることが憎かった」のです。

チータ―のように速く走れず、象のように怪力でもない…知能はスーパーコンピューターに劣る…自分の無能さが嫌でした。

本気で全身を改造してサイボーグになりたいと思っていました。

死ぬことで全部おわりにしようと思ったことも一度や二度ではありません。

さらにいえば、当時は「死こそ完全な状態」とすら思っていました。

まあ、今でもそう思わないわけではありませんが、逃げの死は選ばないと決めています、とりあえず。

人間は一人では大したことなどできません。

できることはたかが知れています。

みなたった一人で完結はしない、皆足りないものがあってそれを補い合いながらいきている、そう思ったら不完全こそがある意味最も完全に近いあり方であると思えました。

そうおもってからは、別にできないことがあった所で気ならなくなりました。


私が得意な事は私がやればよく、私が苦手なことは人に頼めばいいということです。

もちろん、人に迷惑かけようが何だろうが知らないということではありません。

自分は自分の得意な分野や強みで貢献することを目指し、頼む時には快く引き受けてくれるように心を砕くのです。

それでこそ全体で完全だと解釈しています。

・社会は所詮作られたものと知る

 さっそくですが、私は権威や社会的地位と言うものに何ら敬意と尊敬をもっていません。

なぜなら、それらはみな「人間の都合で創り上げられたもの」にすぎないからです。 

今、社会でありがたがられている権威や地位は原始時代、いや、地球が誕生する以前からこの世界に存在していたでしょうか? 

宇宙の摂理に則った普遍的なものでしょうか? 

違うはずです。

見方にもよると思いますが、人間社会が成立する中で人間が自分達の都合で勝手に作ったものです。

そんなものをありがたがるなんて個人的にはバカげていると思います。

そんなものは元々なかったのです。

言ってみれば承認要求が強いからこそほしくなるだけのものです。

冷静に考えれば何の価値もない、とるに足らないものです。

そう考えてからは、もう人より偉くなるとか地位がどうとかを気にする事が無くなりました。


それにどうせ死んだら全てが無に帰すということもあります。


ならば、もっと自分の心が喜ぶことをした方がいいという話です。

過去の私は戦って相手を屈服させ、そして支配する、それ以外の人間関係をしらないむなしいやつでした。

もうそんなつまらない考えに基づいた生き方はしたくないのです。


本当に大事なのはいわば対等な立場での親友であり、良好な人間関係です。

もっとも、承認されてなんぼ、偉くなってなんぼの修羅のような人生が快適ならそれもいいのかもしれません。

それが楽しいというのなら別にいいとはおもいます。

どう生きるかは結局その人次第でしかないですから。


私から言う事は何もありません。

・人は死ぬ時は独りであると知る

 漫画『闇金ウシジマくん』でのセリフ。

「みんな独りだ。死ぬ時は独りぼっちだ」。

これを私は真実だと思っています。


冥土にもっていけるお土産は楽しかった思いでだけ。


誰とも一緒に冥土には行けないのです。

結局のところ、承認されることに重きをおく、つまり他人に過度に期待しながら生きる人生の結末は淋しさでしかありません。

私は「今をどう生きるか」だけではなく「どう死にたいか」と言う視点からも生きることを考えています。


その結果、悔いなく死ぬには誰にも何も過度に期待はしないことにしました。


出会いも別れも事実を事実としてただ淡々と受け入れ評価しないという姿勢です。

心理学でいわれていることに「人は誰でも状況次第で裏切る」というのがあります。

私は個人的に納得しています。

だからこそ、進んで人を信用はするがしすぎないことにしています。

前向きな意味で相手が裏切ることを前提にしています

そう思えば、人間関係も楽に考えられます。


どうせ、場合によっては裏切られるし、死ぬ時は独りです。


しかし、楽しく過ごした日々の記憶はその時は紛れもない事実だったのです。

それで十分と言う考えです。

もっとも、私自身は絶対に自己犠牲だけはしません。

が、自己犠牲でない限りは人に進んで喜ぶことや助けになることはしたいです。


それは、言い方に多少ごへいがあるかもしれませんが自分が嬉しいから、楽しいからにほかなりません。

今私が生きている原動力はほとんどその楽しさです。


それが無ければ直ぐにでも自殺するかもしれません。

しても何も問題はないのです。


生きること自体に執着はないのですから。

おわりに

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 この記事では自尊心とプライドとの違い、また自尊心を高める方法について述べました。

自尊心の高め方には以下の方法がありました。

  • 自分の長所に気付く
  • すなおにほめ言葉を受け取る
  • 成功体験を蓄積しよう
  • 自分史を振り返る
  • 環境を変える
  • セルフコンパッションを高める

全てをいきなり変えて行く事は困難です。

まさしく、小さな成功体験を積むつもりで自分のやりやすいものから取り組んでいきましょう。


その過程であなた自身の自尊心が増すにつれて、自分の可能性がいかに豊かかに気が付くでしょう。

自分の人生がいかに希望に満ちたすばらしいものであるかとわかるはずです。

ぜひとも、あなたの自尊心を高めて、人生の新たな地平を切り開いて下さい!!

あと、自尊心が傷つかないようにするためにスルースキルを身に着けておくのも効果的です。

最後にスルースキルについての記事を置いときます。

では!

参考記事等

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