意地を張るくらいだったら、頭を冷やせ。もっと、柔軟になろう。
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「なんか、いつもついつい意地張ってしまうんだよな。意地なんて張ってもろくなことなんてないってことくらいわかっているんだけどね。てか、意地張るのも結構つかれるわね、、、。」

そうそう、意地張ってもつかれるし人間関係もこじれるわでいいことなんだよねえ。

オニギリス!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「意地を張ってもいいことはないから、頭を冷やした方がいい」という話題です。

意地、はってますか?

日常で意地張っているでしょうか?

自分がまずかったかなって思いつつも、なんか謝るのが嫌でついつい自分の意見を曲げずに無理やりにでも押し通そうとしたりしてません?

それね、人間関係こじれるだけだからやめたほうがいいですね。

つまらないプライドが邪魔して自分の非を認められないってこともありますが、そんなにプライドって大事でしょうか?

おそらく、思考が硬直化しているからプライドやメンツにこだわるんですよ、きっと。

では、ゆるりとおおくりします。

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意地って何?

さて、よく「意地を張る」とは言いますが、そもそも意地とは何でしょうか?

意地とは、、、

 気だて。心根。根性。「意地が悪い」
 自分の思うことを無理に押し通そうとする心。「意地を通す」「意地を折る」
 物をむやみにほしがる気持ち。特に、食べ物に執着する心。「意地が汚い」「食い意地」
 句作上の心の働き。
「―によりて句がらの面白きなり」〈連理秘抄

引用

https://kotobank.jp/word/%E6%84%8F%E5%9C%B0-431925

はい、上記の意味からいわゆる「意地をはる」とは2の「自分の思うことを無理に押し通そうとする心」のことですね。

自分の思うことを実現させるために行動するのはいいことですが、「無理に押し通そうとする」のは問題といえます。

「無理に押し通す」ということは「相手側の事情に配慮することなく押し付ける」ということですから。

無理やりに自分の考えを押し付けたのでは、人間関係が破綻してしまいますね。

意地の原因は何なのか?

さてさて、意地の原因とは何でしょう。

意地の原因として代表的なものはおそらくプライドかと思われます。

プライドは「自尊心、誇り、傲慢」等と和訳されるものです。

そのため、ちまたではプライドが自尊心であるとの認識が割と一般的なようですが、実は一般に言われるプライドは心理学的な意味での自尊心とはまるで違います。

さらに言えば、プライドにはいいものと悪いものの2種類が存在しているんですね。

いいプライドはauthentic pride、つまり「本物のプライド」といわれるものであり、他者との比較によって生じる感情ではありません。

「本物のプライド」は自尊心と相関関係にありクリエイティビティを高める効果もあるといいます。

対して、悪いプライドはhubristic pride 、つまり「傲慢なプライド」といわれるものであり、他者との比較によって生じるもの。

「傲慢なプライド」は他者への攻撃性や支配欲の源泉となってしまうものであり、目的達成のために手段を選ばないマキャベリズム的傾向をも強めるといいます。

意地になるのは多くの場合、他者からの評価を気にして自分を大きく見せたい等の考えが原因でしょうから、「意地を張る」という状態は「傲慢なプライド」にとらわれている状態であるといえるでしょう。

持つのなら「本物のプライド」にしたいものですね。

ちなみに、寝不足が続くと周囲が敵に見えてくるという話もあります。

周囲が敵に見えるなら、「何が何でも敵を前に弱みを見せるわけにはいかない」という思考にもなるでしょう。

その思考が「自分の考えをあくまで譲らず意地を張る」という結果になるかもしれません。

寝不足にも注意したいものです。

参考記事等

固執することで状況はどんどん悪化する

上述したような「傲慢なプライド」にとらわれて意地を張ってもいいことはないです。

「傲慢なプライド」は攻撃性や支配欲を促進し、ひいては人間関係を悪化させ破壊するでしょう。

人生の幸福度は人間関係によって大きく左右されるということが言われる昨今において、「傲慢なプライド」にとらわれて「意地を張る」のは自分の人生を自分で不幸にしているのと変わらないといえますね。

わたし自身はいわゆる「綺麗事」がかなり嫌いではありますが、やはり「感謝」であったり「相手との心のつながり」というものは非常に大事であると思います。

意地を張るより悪いと思ったら、まずは「謝罪する」のが一番です。

サイコパスでもない限り、意地を張って他人に食って掛かってもあとで強い罪悪感に打ちひしがれるのがおちというもの。

最悪缶は謝罪することで解消されるので、なるべく傷が浅いうちに謝ってしまったほうがいいのです。

「傲慢なプライド」に固執しなくていいんですね。

むしろ、固執すればするほどお互いの関係は悪化の一途をたどり気が付いた時には、もう後には引けない追い込まれた状況になりかねません。

後になればなるほど、謝罪はしにくいもの。

なるべく、早くに意地を張らずに自分に非があるのであれば謝っておいた方がいいといえます。

それこそが得策です。

参考記事等

意地を張るより受け入れることの方が大事

「意地を張るより素直に謝ったほうがいい」なんて、まあ誰でもいうことですね。

正直、聞き飽きているかと思います。

ただ意地になるとき、一体人は何を守ろうとしているのでしょうか?

名声、メンツ、地位、評判、、、さて、何でしょう?

いずれにせよ、他人に優越することを多くの場合想定して意地を張っているのではないですかね?

ただ、人間誰しも不完全なものなので誰でもミスはするもんです。

なので、その不完全性を受け入れたほうが気が楽というもの。

他者評価を求めて承認欲求ばかりを肥大化させても、「人からどう見られるか」に固執するばかりで、「今のありのままの自分を受け入れる感覚」である自尊心が減る一方です。

自尊心が低いと人間関係は悪化し、人生の幸福度や満足度までもが大幅に下がります。

意地を張らないのをおすすめしますよ。

参考記事等

おわりに

この記事では「意地を張ってもいいことはないから、頭を冷やした方がいい」と題しておおくりしました。

意地を張ることの主な原因は多くの場合、「プライド」であると思います。

さらに言うなら、プライドのうちの悪い方である「傲慢なプライド」にとらわれているからです。

傲慢なプライドは他者からの評価にとらわれることにより生じますから、結果として自尊心の低下にもつながります。

そして、何より人間関係の悪化を招く所用な要因ともなるでしょう。

もし、自分に非があると思うのであればそこは素直に謝った方がいいすね。

また、日ごろから「自分を他人と比べずに自尊心を高めること」を心掛けたいものです。

そう、自分への優しさ、つまりセルフコンパッションを大事にしていきましょう。

では!

参考記事等

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