「わたしさ、適当な事いってお茶を濁そうとする人が本当に嫌いなんだよね。はっきりしろって感じだよ。なーに適当なこと言ってあいまいにしてんだよって腹立ってくる。」
んー、それをやりすぎると人間関係が悪くなる気がするぞい。
オニギリス!
脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。
今回もよろしゅう!!
今回の話題は「あいまいな事をあいまいなままにしておくのもコミュニケーションで大事な事だ」という話です。
今回は以下のような方に向けておおくりします。
コミュニケーションの取り方について考えたい人
曖昧な態度というものが大嫌いで、「おい!白黒はっきりしろよ!」とか「なんでそこはっきりしないの?」なんて攻撃的になってしまいがちな人っていませんか?
気持ちはわからないではないのですよ。
なんだか相手の煮え切らない態度を見ていると、腹が立つとか相手にはっきり言ってもらわないと自分が今後どう立ち回るかがはっきりしないとか、、、まあ色んな事情があるでしょう。
ただ、いっつも相手に決断を急かしたりちょっとしたことでも責任追及するみたいな態度をとっていたのでは、誰も寄り付かなくなります。
果たして、何でもかんでもはっきり白黒つける事が、人生の幸福にとっていいことなのでしょうか?
おそらく、違うと思いますねえ。
ちなみに、職場に理不尽な怒りをぶつけてくる上司や先輩、同僚等がいるという人は、「ストレスコミュニケーション対策」の記事が参考になるでしょう。
なお、「敵を作らない人の特徴」と「誤解されやすい人の特徴」についてはそれぞれリンクからどうぞ。
では、ゆるりとおおくりします。
目次
あいまいな態度や言葉に腹が立つこともある
あいまいな言葉に腹が立つ人は結構いるかと思います。
かくいう私も「煮え切らねえな。さっさと結論をいえ!時間の無駄だ!」なんて思うことが以前は多かった気がしますね。
良くても悪くてもとりあえず結論をさっさと出して、その後の対策を練ったほうが結果的に損を回避できる場面って割とありますので、そう考えるのも無理はないって感じがしております。
ただ、こういった「さっさと白か黒かを確定させろ」みたいな姿勢で常に会話をしているのでは、会話していて相手が疲弊してしまいますし、その後の人間関係にも悪影響を及ぼすこともしばしばです。
普段の会話で「~という言葉の定義は~だから、~は~といえる。ゆえに、~」みたいに厳密を期した話し方をしていたら、「窮屈でたまらん!」とか「なんかうんざりする」と思われて嫌われていきます。
普段の会話なんて、厳密性なんてものよりノリとかその場の雰囲気の方が大事です。
相手のちょっとしたいい間違いに食って掛かって、「さっき~ていったよな?じゃあ、この場合と矛盾してね?どう説明するつもりよ?」みたいな揚げ足取りばかりしていたら「もう、いいわ、こんな奴関わりたくねえ」と思われるもの。
人と人との関わり合いの中では、あえて白黒つけ様としない方がいい場面というのも沢山あるんです。
それに人間関係って割と流動的な物でして、「その時に険悪だったとしても少し経ったらそうでもない」という事もあります。
例えば、AとBという2人が同じ職場に同僚として勤務していたとしましょう。
仮に、ある時期にAが仕事で失態をやらかして虫の居所が悪くなっていとします。
そして、Aは日頃から仕事をそつなくこなし人気もあるBに羨望の念をもっていたため、つい後輩のCに対してBへの嫉妬からBの悪口をいってしまったとしましょう。
AからBの悪口を聞いたCが、自分の尊敬する先輩であるBの悪口を言っていたAに腹を立ててBに「Aさんが~などとBさんの悪口を言ってましたが、、、」等とBへ告げ口しました。
さて、ここでBはどう立ち回ったらいいのでしょうか?
この段階では「あくまでCから聞いた噂話」にすぎないので、事実かどうかわかりません。
そう、「あいまいな事柄」です。
もし、Bが「あいまいなままでは気持ちが悪いからAを問い詰めて自白させる」という選択をしたら、その後AとBの関係は以前より明らかに悪化するでしょうし、場合によっては「敵対関係」が固定化する可能性すらあります。
あえて、「噂話なんて本当かなんてわかんないよな」とスルーして、あいまいなままにしておけばAの一時的な不機嫌は解消して今まで通りの関係に戻るかもしれません。
「あいまいな事実」を「確定的事実」に変えるという事は、「人間関係を大きく変化させる」事につながるのです。
人と人との関係においては「ま、そんなこともあるよね」と、一旦置いておくというか無暗にあいまいな事をほじくり返さないという寛容さのようなものも必要なんですね。
いつでも確定させないと気が済まないっていうのは、ちょっと心に余裕がなさすぎて相手も窮屈な思いをしてしまいます。
そして、あえてあいまいなままにするという事は「解釈の余地を残す」という事でもあるので、流動的に移り変わる人間の感情に対しては非常に合理的な対応とも言えますね。
なんでもかんでも、「確定させればいい」というものではないのです。
「白黒はっきりさせる」のは女性にやったら即死
特に、女性は相手の感情等に配慮して「あいまいな表現を多用する」傾向があるように思います。
男性からしたら、「なんて煮え切らないんだ」とか「いやならいやとはっきりいればいいのに!」と不愉快に思う人も多いでしょう。
まあ、分からないではないです。
特に恋愛の文脈において、女性のいう「今忙しいから」とか「予定が空いたらね」、「行けたら行く」等といった返答はおよそが「いかない」を意味しています。
ここで畳みかけて「じゃあ、いつがあいてるんだ?」と追撃して詳細な日程を決めさせようとしても、こういった返答が来る時点でのらりくらりとかわされどうにもならないことが多いです。
で、あげくの果てに「いかないならいかないって言ってくんないとこっちも予定が立たないんだよな」みたいに言おうもんなら、もう関係の悪化が確定してしまうってことになりましょう。
むしろ、あいまいなままにしておくからこそ、女性側の都合がついた時とか気分が変わった時に「じゃあ、予定あいたから~日の~時にディ―ナーいこ」みたいに気楽に返してこれるって感じです。
何がなんでも、白黒つけないと気分が悪いという姿勢では、女性には煙たがられるだろうなって気がしますね。
あいまいだからこそいい感じでやっていける
人間関係とは水ものでもあります。
なので、「物事を白黒断定して結果を出すために無駄を省いて取り組む」みたいないわゆる「合理的思考」ではうまくいかないのです。
合理的に物事をすすめようとすると、どうしても「物事を積み上げるための基盤となる確定事項」が必要になりますね。
でも、人間関係は仕事のようにきっちりと選が引けるものではないですから、無理やり確定させようとするとこじれて兼ねません。
例えば、関係が一時的に悪化しそうな時に「険悪な関係」を確定させずに先延ばしすることで将来的により関係が改善することを期待することもできます。
そうですねえ、、、これは株式投資で言うなら、信用売りして含み損が出ていても決済していない以上は、まだその含み損が解消する可能性があるって感じですかね。
あいまいさを解消するというのは、投資の文脈でいえば、「決済して損失を確定させる」のに近い性質をもっているといえます。
まあ、逆もしかりではありますが。
もちろん、状況によりけりなので、いつ何時でもあいまいなままでいいという事はありません。
時には、他者からのヘイトを集めることになろうと、誰かをひどく傷つけることになろうとも毅然と切って捨て「物事をはっきりさせる」事は必要です。
しかし、「いつでもあいまいさを許さない」という姿勢は、ひどく人間関係を損なう可能性があるので決してお勧めできるものではありません。
自分自身の幸せのためにも、あいまいなものを許容できるようになったほうがいいと思うのです。
あいまいさに対して耐性を持つことが重要という事です。
おわりに
この記事は「あいまいな事をあいまいなままにしておくのもコミュニケーションで大事な事だ」と題しておおくりしました。
何でもかんでも、白黒つけようっていうコミュニケーションをとっていたら、人間関係がぎくしゃくしてうまくいかないものです。
隙間なくしっかり建材同士がかみ合った建築物より、和風建築物のように多少のあそびがあった方が何か事が起こった時に壊れにくいって感じのことが人間関係にも言えると思います。
あえてあいまいなままにしておいた方がいい事っていうのも、コミュニケーションにおいてはあるもの。
いっつも白黒つけようって感じで会話していると誰も寄り付かないってことになりかねませんし、それはおそらく人生の幸福にとってマイナスだと思いますね。
まあ、ある程度寛容な心をもって人に接していきたいっすね。
では!
参考記事等