弱い心と強い心とは、どんなものか改めて考えてみよう

「世の中ではことさら「強い心」ってものを持つ事が大事っていうけど、そもそも何をもって強いって言っているんだろうか?強いとか弱いなんて心についていうのにはどうも違和感あるんだよねえ。」

ふぬ、そうかもしれん。

強い心と弱い心、、、、いったい何をもって強いとか弱いなんていうのかね、、、。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「弱い心と強い心とは、そもそもどんなものか改めて考えてみよう」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

強い心と弱い心というものが何かについて少し考えてみたい人

一般に「強い心」とか「弱い心」なんて言いますが、一体何をもって強いとか弱いかを判断しているのでしょうか?

多くの場合、「諦めない」とか「ぶれない信念がある」みたいなのは強い心の表れだって言われています。

しかし、これは見方を変えると「変化に対する恐怖心から何か一つのことに固執している」とも言えたらいするかもしれません。

正直、心の有り様を「強い」とか「弱い」みたいな言葉で表すのは本来適切ではないと思います。

あえて心について強い弱いを言うなら、わたしは「水みたいな心が一番強いんじゃないか?」て思いますね。

では、ゆるりとおおくりします。

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心が弱いとか強いって一体なんの事だ?

「心が強い」とか「心が弱い」なんてよく言いますが、一体何をもって強いか弱いかを判断しているのかは問題です。

多くの場合、以下の様な心の有り様を指して「強い心」と言っている気がします。

  • 決してあきらめない
  • 自分に自信があってめげない
  • 自分の信念をもっており、誘惑に負けずブレない

まあ、どれもいい意味だと感じますね。

ただ、以上の要素は以下のように、言い換えられる可能性もあります。

  • 執着心が強く物事に固執している、変わることを恐れている
  • 自信過剰、傲慢、ナルシスト
  • 我が強い、頑固、融通が利かない

ある方向から見たら、「いわゆる強い心」は強い、つまりある環境に対して適応的であるといえますが、一たび環境が変わったら非適応的、つまり「弱さを生み出す源泉」となってしまうかもしれません。

例えば最近では、現代のような変化の速い時代に適応するには、「何かに固執して諦めずにずっとそれを続けていく」だけでは限界があり、環境の変化に合わせて自分も変わっていかないといけないという話がよくなされます。

諦めないことは確かに大事ですが、「諦めないことが変化への恐れ」等に起因するものであった場合には、「諦めない心」は弱さの表れという事になりましょう。

なので、心については「強い」とか「弱い」といった観点から判断するのはあまり適切ではなく、「ある環境において適応的か非適応的かどうか」といった観点から語られるべきだといえるでしょう。

強い心とか弱い心なんて論じるに値しないって気すらします。

心は「適応的か非適応的か」ってだけだと思いますね。

自分に勝つってそんなに重要な事なのかい?

よく「自分に負けるな」とか「自分に勝て」なんてスローガンが唱えられますが、一体「自分の何に勝たなければいけない」のでしょうか?

まあ、これは「楽をしたいという誘惑」の事といえましょう。

仕事にせよ勉強にせよ、「結果を出さねばいけない」と考えれば、「なんか面倒でやる気がしない」とか「手抜きしていいか」なんて言っている暇はないわけです。

一般に多くの人達は、こういった「楽をしたい誘惑」に流されないことを指して、「自分に勝つ」とか「自分にまけない」等と言っているといえます。

まあ、確かに「結果を出す事」や「一度設定した目標をシッカリと達する事」は大事です。

しかし、場合によるものの「そもそも目標の設定が適切だったか」は問題なわけでして、「一度決めたから最後までやりきる」のが妥当かどうかは分かりません。

特に、社会に出てからの数々の試行錯誤にはそもそも「答えがない」事の方が圧倒的に多いので、「~するのが絶対に正しい」なんて事はまずほとんどないと思います。

だとすれば、どんな事にせよ「とりあえずやっては見るが結果によっては撤退する」という見限りの速さだって必要だといえるでしょう。

確かに、いつ何時も「楽をしたいから少しでもつらいとやめる」のでは何も進展しないです。

しかし、もう少し柔軟になってみれば、そもそも「そのやり方が自分には合わない」とか「そう思うのはそもそも目標設定が間違っている」、「自分にその仕事は向いていない」と言った事を本能が告げているのかもしれません。

「何が何でもやらないといけない」という風に思い込んで自分を追い込むのは、あまり得策であるとは思えませんね。

少なくとも、心理学とかで言うならそうです。

あくまで「自分が望んでやっている」という意識がないと健康に悪いですね。

なので、個人的に思うに「嫌な事なんてしなくていい」のです。

いや、、、より厳密にいうなら、「嫌な事や苦労だともうことを楽にするために努力する」のが大事なんですね。

苦労なんてものはしなければしないほどいいものですが、苦労というものは追い払ってもうっぱらっても次から次へと湧いてくるもの。

苦労を自分から進んでとる必要はないですが、「とらざるを得ない苦労には毅然と立ち向かう」のが得策です。

とらざるを得ない苦労から目を背けると、正直ろくなことにはならないと思います。

ただ、立ち向かうには「苦労を苦労と思わない精神性」があるといいので、「どうしたら楽しくなるのか?」といった視点から物事へ取り組んでいくといいと思うんですよね。

そのためには、まずは「自分の進捗状況をちゃんと把握できるようにする」のが最善です。

進んでいる事がわからないとやる気なんて出ないですからね。

「楽をしたい誘惑」がわいてきたなら、それを逆手にとって「では、どうやったら楽しくできるか?」とか「そもそもこの目標設定はあっているのか?」といった事を考えてもいいでしょう。

ま、努力は大事ですけども、「苦労と思わない努力」をしたいものです。

水の様な心って多分攻守ともに最強だ

適応的な心というものは非常に柔軟です。

重な心があれば状況の変化に対応して適宜目的を変更したり、変に我慢や固執をしないために精神をやんだりすることは少ないでしょう。

老子さんではないですが、理想的な心とは水のようなものと言っていいと思います。

水は四角い器にはいれば四角くなり、丸い器にはいれば丸くなり、と非常に適応的ですし、一たび流れ始めれば巨大な洪水となって全てをなぎ倒していきますねえ。

水は柔軟であるだけでなく、非常に膨大なエネルギーを内包しているのです。

柔軟性がある心とは折れない心といえます。

外から外圧がかかっても、うまい事しなって力を逃がすので折れません。

心理学的に言うなら精神の回復力といえるレジリエンスというものがある心という事でしょう。

心は常に柔軟にしておきたいものです。

参考記事等

おわりに

この記事は「弱い心と強い心とは、そもそもどんなものか改めて考えてみよう」と題しておおくりしました。

心に関して「強い、弱い」というのは間違っており、より正確に言うなら「適応的か非適応的か」であろうと思います。

心の有り様に関しては何よりも「柔軟であること」が重要です。

単に「諦めない」だけでは変化に対応できませんからね。

「楽をしたい」と思うのも仕方ありません。

思うものは思いますから。

ただ、そう思ったという事は、何かを見直さないといけないという本能からの暗示なのかもしれません。

楽をしたいのなら、「楽をするためにしっかりと努力すればいい」と思います。

苦労を回避するために、努力は続けていきましょう。

柔軟な心をもって適応していきたいものです。

では!

参考記事等

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