今回は以下の様な方に向けておおくりします。
- ・性格のいい悪いはどんな風に決まるのか気になる人
- ・話しのネタが欲しい人等
「いい性格とか悪い性格とかってよくいうけどさ、いったい何を持っていい性格なんだろうね?結構、昔からわたしには分かんないんだよなあ、、、。性格のいいとか悪いの判断基準って何かないのかな?」
まあ、そうだねえ、、、なかなかむつかしい問題だねえ。
正直、性格のいいとか悪いなんてのは、、、ないとおもうんですねえ、、、、たとえそれがどんなに一般に言われる凶悪で残忍とされる性格であってもね、、、、。
オニギリス!
脱マンネリストで心理カウンセラーのオニギリです!
今回もよろしゅう!!
今回の話題は「性格のいい悪いは結局、都合がいいか悪いかで決まるよね」という話です。
性格にいいとか悪いとかないですね。
ええ、「どの視点から見るか」がすべてではないかと思います。
つまり、言ってみれば各人にとってのいい性格とは「自分にとって都合がいい性格である」というだけに過ぎないのではないでしょうか?
はい、極論すれば、思いやりがあること、慈悲深いこと、義理堅いこと、そして誠実であることも、、、そう、みんな「多くの人、あるいは社会の維持の観点から都合がいいから」いい性格なのかもしれないです。
では、ゆるりとおおくりします。
目次
性格にいいとか悪いとかない
性格にいいとか悪いとかそんなものは存在しません。
そう、いい性格も悪い性格もないのです。
だって、その性格がいいのか悪いのかは結局「何が判断基準か」てすぐ変わってしまうからですね。
世の中でいわれる「正義と悪」だって同じようなことです。
別にもともと存在しているものではないでしょう。
人がいいか悪いかを判断する根拠は究極的には「快か不快か」であると思います。
なので、人が「あの人っていい人だよね」というとき、
「あの人はわたしに快をあたえてくれる、ないし快を与えてくれる可能性の高い人だ」
ということを意味しているといえるでしょうね。
例えば、いろんな人に親切な人にしている人は自分に対しても親切にしてくれる可能性が高いですからね。
いい人といえるでしょう。
個人単位でいえば「自分にとって都合のいい人」がいい人であるということもできるかもしれません。
社会や国でも同様のことが言えるでしょうね、きっと。
極論すると、「殺人がなぜいけないのか?」というのも「殺人はいけないことだから」ではなくて「社会の維持にとって不都合な行為であるから」ともいえるかもですねー。
自殺なんかもそうでしょうか。
社会からしたら「税金を納める人が減る」とか「人口が減って国力が減退する」とかそんな意味合いで自殺を防止したいというのが実情でしょう、多分。
まあ、ここらへんの話題に突っ込むとすごく大変なのでここまでにしておきます。
あえて、悪い性格をあげるならば、、、
あえて、個人的に「悪いと思う性格」をあげるとすれば、
「人の不幸や苦しみというものが快感そのものになり、自分の快楽のために手段を択ばず、人を害し殺すことすらいとわない性格」
ですかね。
こんな凶悪そのものといった性格が実際にあるのかと言ったら、、、、これがあるんですよ。
サイコパスという共感性のない性格であり、かつ加虐趣味のサディストという性格がそれです。
ただ、この性格自体はおそらく「個人としては嫌な性格」であろうと思われますが、これが戦争中だったりしたら英雄になるかもしれません。
そして、そもそも共感性のないサイコパス自体を存在悪だとする向きもありますが、それもやはり個人単位での話です。
サイコパスはかならず一定の割合で生まれるんですね。
不要な存在ならとっくのとおに淘汰されて絶滅しているはずなのに、そうはなっていない、、、。
生態系や人類文明という枠で考えるなら、サイコパスの凶悪性によって人口の増加が抑制されて生態系へのダメージが減るとか、サイコパスが平和すぎて何の変化もなくなった時代に刺激を与えて文明を新しい段階に導くなんていう見方もできます。
もっとも、現代社会は基本的人権を尊重することを基盤に成り立っているので、生態系の観点から人権侵害を肯定する意味はないし、すべきではないでしょう。
ただ、「いい性格」ときいて、「いったいどの視点から都合がいいのか」と考える癖はつけたほうがいいでしょうね。
そういった癖がつくと、いろんなものが見えてきますね。
自分の性格を分析しよう
当ブログで何回も言っていることですが、「自分の性格がよくわからないと活かすもくそもない」ですね。
ただ漠然と、「自分の性格はわるいんだろうなあ」とか「〇〇ちゃんに性格悪いって言われた!」とかそんなことを根拠に自分の性格の良しあしを判断するのは愚の愚というもの。
いいんですよ、誰かに「悪い性格」といわれても。
その「悪さ」は「言ってきた人にとっての都合の悪さ」にすぎませんから。
あなたは「悪い性格」といわれても、何も罪悪感を感じる必要はないのです。
「ああ、君にとっては都合が悪い性格だったのね、そりゃあどうも」て感じで考えておけば結構ですよ。
そんなことより、自分の性格について詳しく知ることが先決です。
性格の分析については科学的に根拠があるとされているビッグファイブを活用したり、自分の強みを発見するために使われることが多いストレングスファインダーの活用をお勧めします。
ま、ストレングスファインダーは費用が掛かるだけのことはありますが、ビッグファイブによる分析を無料でやってからさらに別の角度から自分の性格をもっとよく知りたいと思った時にストレングスファインダーを使ったほうがいいでしょう。
ビッグファイブ性格分析はこちら。
https://www.sinritest.com/bigfive.html
参考までに、ビッグファイブ等性格分析系の記事を置いときますね。
おわりに
この記事では「性格のいい悪いは結局、都合がいいか悪いかで決まるよね」と述べました。
もし、あなたが「あなたは性格が悪いね」とか「あいつ性格悪すぎ」といわれたとしても、それをもって自分を断罪しなくていいのです。
それは「あなたに文句をぶつけてきている本人にとって都合の悪い性格である」というだけの話ですから。
たしかに、多くの人から「悪い性格」といわれるのなら、それはそれで生きていくのに不利といえます。
ただ、そうであれば「今いる場所があなたの性格と会っていないのかもしれない」という視点も忘れてはいけないでしょう。
自分を責める必要はありません。
大事なのは自分の性格を知ったうえでどうやって活用していくかということだけ。
罪の意識を感じているだけ時間の無駄というものです。
ま、気楽にいきましょ。
では!
参考記事等
顔はどの程度遺伝するものなんだろ?遺伝しやすい特徴等について調べてみた。
人は自分に都合のいい話を信じたがるが真実は逆方向にある事が割と多い
HSPは「本当に優しい」のか?攻撃的な人はいないのか?考えてみた。