「私は何のためにうまれてきたの?誰か教えて―!」
「なんか、最近神が実在するのか気になるんじゃー!」
オニギリス!
脱マンネリストのオニギリです!
今回もよろしゅう!!
はい、今回はスピリチュアルな問題に取り組むと幸せになれるかもしれないという話題です。
ただ、最初に一言いうと、スピリチュアルという言葉の意味が通常使われている意味とは違うよってことです。
ではでは、ゆるりとお送りします。
目次
1、スピリチュアルってなあに?
皆さんはスピリチュアルといったら、何を想像しますか?
おそらく、江原啓之さんやCHIEさんかもしれません。
ただ、残念ながら今回はオーラとかは全く関係ありません。
今回のスピリチュアルな問題とは、具体的にいってしまえば「人生の意味」や「神は存在するのか」というたぐいのものです。
そう、一人間がいくら考えたって考えたって何ら明確な答えが出ないような大きな問いです。
まさしく、哲学的な問いって感じですね。
2、大きな問題に取り組むのは大事
ケースウェスタンリザーブ大学の研究で
「日頃から大きな問題に取り組んでいる人ほどメンタルが健康である」という結果が明らかになりました。
他にも以下のようなデータがあるそうです。
- 信仰心の強い人はそうでない人より33%長生きである
- 畏敬の念をもっている人の体内炎症は少ない
んー、おもしろい結果が出ていますね。
一週間に一度くらいは
「私は何のために生きるのか?」
「私は何のために働くのだろうか?」
なんて問いを20分くらい時間を取って考えてみるのもありですね。
きっと、メンタルが健康になって幸せを感じやすくなるはずです。
そして、個人的には偉大な経営者達が目に見えないものを大事にすることの理由の一つがこのメンタルの安定と関係していそうな気がしてなりません。
とはいえ、考えるのもほどほどにしましょうね。
あんまり考えているとウツになったりしてしまいそうですね(笑)。
まあ、その証拠になるかは分かりませんが、哲学者のキルケゴールさんという方はかなり苦しみの中で大きな問題に取り組んで一生を終えました。
まあ、詳しくはかたりませんが、彼の境遇を考えると、むしろ大きな問題に取り組むことで自我を保っていた可能性もあるとおもっています。
そこは少し断定できないところであります。
あと、やや話が飛躍してしまいますが、日本人が「自然に対する畏敬の念」を大事にしてきた歴史を振り返るとき、そこに日本人のメンタリティーに生命力の強さを感じたりします。
て、文脈無視して文章ぶち込んでごペンなさい!
参考記事等
3、私の場合はどうなのか?
さて、私は外向的と言いながらも昔からあれこれものを考える癖がありました。
中学の夏休みの宿題に作文がありました。
たしか、私の掲げたテーマが「正義論」だったはずです。
しかし、最終結論が「絶対的正義は存在しない、存在するのは相対的正義だけ。あえて正義を定義するなら宇宙の摂理だ」なんていうへんてこな結論でしたね。
まあ、そこは所詮中学生の思慮の浅さといったところでしょうか(笑)。
いまおもえば、結構昔から大きな問題に取り組んできたように思いますね。
しかし、肝心のメンタルが安定していたかという観点からは何とも言えないところです(笑)。
あの時は、大分人間不信でしたからねー。
大きな問題を考えることがどれだけ有益かを実感したのは受験で挫折して以後の話です。
毎日毎日、「私の生きている意味は何なのか?」とか「これから私は何を目標に生きるべきなのか?」なんて四六時中考えてました。
おかげで「もうメンディ-、死のっかな」なんて気分にも時々なっていましたがね(笑)。
やはり、考え過ぎは体によくない気がします。
しかし、それを続けていてある日自分なりに自分が人生に対して求めるものがある程度はっきりしたんですね。
それが結局は「良好な人間関係」だったというおちなんです。
それがはっきりしてからは心の霧が一気に晴れ、大分人生の見通しがすっきりしたような気がします。
おかげでメンタルが非常に安定したのを実感しています。
今でも、毎週必ず時間をとって自分自身に自分が人生に求めることを再確認しつつ生きています。
自分の人生、自分の内なる声に耳を傾けないと望まぬ方向にどんどんぶれて行ってしまいますからね。
自分を見失わずにいたいものです。
なお、自分の人生の目的を見つける方法はこちら。
参考記事等
4いわゆるスピリチュアルについて思う事
さて、研究の対象となった「スピリチュアルな問題とは「人生における答えの出ない大きな問題」でした。
ただ、一般にいわれる「スピリチュアル」と言うと「引き寄せの法則」とか「オーラが」とかのいっちゃあれですが、非科学的なものです。
私はいわゆるスピリチュアルを「ペテンやウソ」とまで弾劾する気は毛頭ないのですが、やはりエビデンス(証拠)に基づいておらず再現性もあるとはいえないため信じることはできません。
やはり、オーラがどうこうと言われてもにわかには信じられないですね。
私は科学を信じます。
しかし、そのいわゆるスピリチュアルによって幸せになったりするのであれば、そこに何ら問題はないと考えます。
自分が幸せになるのに役立っているというのならそこに他人が文句をさしはさむ必要性はありません。
ただ、悪質なスピリチュアル、言ってみれば占いのたぐいが横行している現実もあります。
中高年の方々が被害にあわれているケースが近年増加しているとのことです。
悪質なスピリチュアリスト達に多くの人が心のすきまを狙われているわけです。
この点に関しては十分に注意をしたいものです。
悲劇の実例についてはこちら。
https://diamond.jp/articles/-/162749
5、いわゆるスピリチュアリストの正体とは?
いわゆるスピリチュアリストの正体、と言うと大げさではありますが、大体のスピリチュアリストは「コールドリーダー」であると見て間違いないでしょう。
コールドリーディングとは、いわゆる占い師や詐欺師が用いるコミュニケーション技法です。
事前の準備なしに依頼者のことを「さも、ふかく知っているかのように見せる」話術がコールドディングです。
悪用すると「この人は本当に私のことをわかってくれているんだ!」とか「本当の私を分かってくれるのはこの人だけだ!」なんて話になってしまいます。
悪徳スピリチュアリストはこの信頼を上手く駆使して依頼者から多額の金を巻き上げるのです。
これはマインドコントロールに繋がる方法といっても過言ではないでしょう。
コールドリーディングから身を守るために本で勉強してみるのもおススメです。
おススメの書籍はイアンローランド著の「コールドリーディング」です。
かなり本格的な本ですが、これさえ読んでおけばコールドリーディングに関しては十分すぎるほど物知りになれます。
なお、コールドリーディングの活用例について知りたい方は
参考記事等
おわりに
この記事ではスピリチュアルな問題について日頃から考えるようにしているとメンタルが安定して健康になるという話でした。
皆さんもぜひトライ!
週に一度くらいは時間をとって「人生は何のためにあるのか?」なんて大きな問いに答えようとしてみるのもメンタルを健康にするためにおススメです。
人生の意味を確認する意味でも非常に有益でもありますから一石二鳥です。
あてどない人生の旅路に思いがけない目標がみつかるかもしれません。
しかし、考え過ぎも体にいいかと言うとそうでもないでしょう。
なにせ、過ぎたるは及ばざるが如しとはるか昔からいいますからね。
また、畏敬の念をもつことの重要性と言う事を考えると、もっと御先祖のお墓におまいりする頻度をあげて、御先祖の霊への畏敬の念をもつのもいいかもですね。
では!
参考記事等