「結果が全て」の結果至上主義者は得てして幸せにはなれない。
スポンサーリンク

「ビジネスの現場だと結果至上主義の考え方が普通だったりするよね。だけど、日常生活のすべてにわたって結果至上主義を徹底してくる奴って何なん?確かに、結果は大事だけど過程を楽しむとかあってもよくね?そんなに結果結果じゃ息詰まるんじゃね?根っからの結果至上主義者ってマジ嫌いだわ!」

うん、そうだよねえ、わかりみー。

オニギリス!

脱マンネリストのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「結果至上主義者は得てして幸せにはなれない」という話題です。

ビジネスの現場では得てして結果がすべてですね。

はい、わたしもそれには異論なしです。

というか、元々の性格からすると情を一切挟まず手段すら問わずに結果を出せばそれでよしというのが性に合っているんですよ、実はね。

でも、そんな思考をしているととてもじゃないけど人生がつまんないと考えて軌道修正して今があります。

で、結果的にはそれでよかったと思っていますね。

少なくとも結果至上主義はビジネスの現場だけにしておきましょう。

人生は結果よりどちらかといえば過程に重きを置いた方がいいでしょうねえ。

実はこれは心理療法であるACTに基づいた考え方でもあるのです。

では、ゆるりとおおくりします。

スポンサーリンク

結果至上主義を改めて確認

さて、もう知っている人も多いとは思いますが、いつも通り語彙の確認から行きましょう。

結果至上主義とは、、、

『結果がすべてである、結果こそが最上のものである』

とする考え方ですね、はい。

ビジネスの現場ではおなじみのものの考え方でしょう。

よく営業の人なんかは上司にさんざん

「いくら頑張ったとか言ってもそんなのは無意味だ。売り上げがあってなんぼだ。売り上げがなかったら何もしてないのと同じだ」

みたいな小言をいわれているか、誰かが言われているのを聞いているかと思います。

確かに、ビジネスという戦場で考えるのであれば売り上げが上がらないのでは会社が倒産してしまうので、必死になって売り上げをあげようとするのは当然。

なので、結果至上主義的になっても仕方ない面はあります。

ただ、だからと言って「詐欺でもなんでもいいからとにかく売りつけろ!」とか言い出すのは論外なので、ビジネスの現場での結果至上主義は当然ながら手段をえらばないマキャベリズム的な発想のものとはまた違うはずですね。

それに詐欺的な手法で荒稼ぎしても信用はえられないため、時期に衰退するというのはよくいわれることですし事実でしょう。

それにいわゆる「強引に売り込む」のも営業手法としては、信頼関係が構築できない間違った営業スタイルだという認識がそれなりに社会で共有されるようになってきている気がします。

しかし、そのように相手に配慮する発想は浸透してきていても、やはり熾烈な競争原理の中に身を置くビジネスパーソンたちにとって「プロセスが何より大事だ」とはとても言ってられないのです。

死活問題ですからね。

ちなみに、わたしのブログにおけるスタンスでもそうです。

わたしの生来の性格というのもあるのでしょうが、やはり「ブログのPVが集まらない、つまり誰の役にも立たないゴミ記事を書いても無意味である。結果は全てPV等の客観的データが教えてくれるのだ。それがすべてだ」という考えがそれなりにありますね。

なので、「人の役に立つ記事が書けているのか?」という視点の元日々自分なりに試行錯誤を繰り返してPV数を伸ばしていこうとしているつもりです(ま、2020年4月現在で4万くらいしかないけど)。

その中で、結果が出なければまた仮説を立ててその検証をするといった感じですね。

とにかく、「役に立たなければしかたない」し「読まれなければ仕方ない」といった感じでしょうか。

しかし、うまくできなくても落ち込んだり自分を責めたりはしないんですね。

だって、そんなちょっとやそっとで上手くいく事をやっているとおもってないですし、新しい挑戦をするときは失敗が当たり前ですから、失敗の数だけ前進する力や原動力を得たと思えるもんです。

ま、時には少し気が進まない時もあるけど、、、、でもね、やめたくなる日はないですな。

結果至上主義の暗黒面

さて、ここからは結果至上主義の暗黒面を個人と会社等の2つの側面から見ていきましょう。

・会社等の組織における結果至上主義の暗黒面

結果至上主義の暗黒面には上述のように「手段を選ばないマキャベリズム的な発想に陥りやすい」という点があるでしょう。

まさしく、「勝てば官軍」という言葉の通りのあり様です。

そこには「義も情もへったくれもない」。

勝つためには法はたがえることはできずとも(中にはばれなければやるってやつも当然いるよね)、倫理や道徳は踏み潰して徹底して有利になる戦い方をして勝利するということになります。

そして、会社でこのような結果至上主義の暗黒面が表面化すると結果が出せない人間に対しては「結果が出せないやつは人でなしだ。結果が出ないならやめろ!」なんて感じの人格否定が平然と行われるようになったりしますね。

こんな過酷な生存競争ともいえる中で、普通に大したストレスなくやってられるのは共感性のないサイコパスくらいなもんでしょう。

なんせ、彼彼女らからしたら元々それは当たり前なんですから。

彼彼女らは必要なら人を殺すことですらおそらく何の躊躇もしないし、自分が死ぬことすら何とも思っていないはず。

彼彼女らは法を破ると自分が損だから法を守っているにすぎません。

命の尊厳がどうとかいっても理解できないでしょう。

サイコパスの中には「そんなこと言っているから弱者なんだろwゴミがw」なんてあざけってくる奴もいるかもしれません。

なんせ、「生きるためなら何でもして当然」ですから。

彼彼女らはノールール。

競争においてはそれこそ情がないので最強とも言えますな。

罪の意識も慈悲も何もかももってませんから、何もその行動を阻むものはない、、、。

そして、誰かが過労で自殺しても、酒の肴としか思わないか死者に対して「あのバカ死んだよww受けるww」と嘲り笑うが落ちでしょう。

そうして、サイコパスはしばしば会社の頂点に君臨したりします。

そして、職場は漆黒の闇に染め上げられ、遂にはブラック企業が完成するって話。

そうなると、ますます「殺し合い然」とした風土が加速して平然と人格否定がおこなわれ、それが当たり前になるってことです。

結果至上主義の流れが強まりすぎると、言い過ぎかもしれませんが「人の生命すら奪うことをいとわない組織」が出来上がるといえます。

ここまで来るともはや「弱者が生き残れないのは自己責任だ」なんてことは言ってられないですね。

これでは中世以前の非文明的発想とすら言えそうです。

結果至上主義はいうなれば「非人間的思想につながる」ということでしょうか。

こんな過酷な環境では多くの人が幸せになんてなれないでしょう。

てか、幸せな人なんているのかな?

参考記事等

・個人における結果至上主義の暗黒面

個人に関しても結果至上主義が行き過ぎると問題が起こります。

というのも、実は人生を結果至上主義ってとっても相性が悪いんです。

だってよく考えてみてください。

人生の最後に待っている「結果」て何ですか?

、、、「死」ですよね?

人は人生を「死という結果に向かってひた走っている」といえるでしょう。

結果が「すべて」という意識が強まると、往々にしてそこまでに至る過程を全く楽しめなくなってしまうんですね。

確かに、人生で達成感を得ることを生きがいにしている人もいるかとは思いますが、その目標に至る過程も楽しめたほうが人生豊かになる気はしないでしょうか?

本当に「目標を達することだけ」でいいのでしょうか?

もし、「それでいい」というなら何も問題はないですね。

しかし、少しでも「それは少しつまらないな」と思うのであれば、過程も楽しむという意識を持つことも必要でしょう。

そうしないと、もし結果が達せられなかったとき「それまでの時間や努力は無駄だった」なんて無力感に打ちのめされることになりかねませんし、場合によっては燃え尽きます。

恋愛の場合でも両想いになることを目標に据えるあまり、両想いになったとたんに相手を嫌いになってしまうなんていうことがあり得ますね。

これ完全に蛙化現象です。

蛙化現象については以下からどうぞ。

行き過ぎた結果至上主義はよろしくないっす!

参考記事等

過程至上主義もアカン

では、反対に「過程至上主、プロセス至上主義ならいいんじゃね?」て思う人がいるかもしれませんが、残念ながらこれでは会社の様な営利組織はやっていけません。

過程至上主義とは「結果は正しいプロセスさえ踏めば勝手についてくるものである」という考えといえます。

この考え方はいってみれば成果より努力にフォーカスしているもの。

確かに、過程を楽しむことにつながるので人生とは相性がよさそうです。

しかし、この過程主義が徹底されすぎてしまうと行きつく先は「結果なんてどうでもいい」という考えであり、この考え方はこの考え方で問題があります。

会社であれば成果が出せないために倒産するし、個人であっても自分の生きたいように生きる上で超える必要のある障害を越えられなくなる可能性があります。

過程を楽しむ思考が大事なのは論を待たないところですが、それが徹底されても不都合は起こるってことです。

そして、そもそも「結果が保証されている正しいプロセス」なんてものが存在しているのでしょうか?

そんなものはリンゴを高いところから落としたら地面に落ちるという万有引力の法則くらいのような自然の摂理くらいではないかなって気がします。

例えば、受験勉強で誰かの合格体験記をよんで同じように勉強してもその著者と同じ大学へ合格できる保証などどこにもありません。

結局、誰かの受験体験記は参考でしかないのです。

それはビジネスにも言えると思いますし、当然わたしが今やっているブログにも同様のことが言えるでしょう。

完全に誰かのやり方を丸々コピーしてその通りにやれば絶対できるなんてことはないはずです。

正しい過程は人の数だけ無数にあり、その方法は結果を出そうという意思の元試行錯誤を重ね、結果をフィードバックして過程の正しさを常に検証し続けることでしか見つかりません。

過程至上主義は本末転倒になる危険性を多分に含んでいるんですよね。

「至上主義」は思考の硬直の表れ

ここまで、結果至上主義と過程至上主義についてみてきましたが、どちらにもメリットとデメリットが存在していましたね。

もう、聡明なあなたなら気が付いていることでしょうが、そもそも「至上主義」という考え方自体がアンバランスなのです。

月並みな意見ではありますが、結果も過程もどちらも大事なんです。

結果にフォーカスしすぎると過程をたのしめなくなるし、過程にフォーカスしすぎると何も結果が出せない自己満足の沼にはまってしまい達成感ややりがいを得られない事態になります。

人生の満足度を最大限に高めるためには結果と過程の双方に意識を向けていく必要があるんです。

心理療法ACTでいうなら結果とはゴールであり、人生の進むべき方向性を決めるのが価値、いうなれば過程と結果の中間のようなものでしょうか。

ACTでは人生の満足度を高め幸せに生きていくには自分の大事にしたい価値に従って行動することであるとしています。

価値は航海における羅針盤のようなもの。

ゴールは航海の途中に立ち寄る港、目的地に過ぎません。

ゴールに到着しても旅路は続くのです。

我々は羅針盤という価値の指し示す方向に従って舵を取って人生という航海を続けていくってこと。

過程と結果のどちらにも執着することなく価値に導かれて生きていくんですね。

ただ、この価値も軽く持っておく程度でよく、決して固執するべきではありません。

価値の探し方については以下の記事からどうぞ。

おわりに

この記事は「結果至上主義者は得てして幸せにはなれない」と題しておおくりしました。

結果至上主義も過程至上主義もどちらもバランスの悪い考え方ですね。

結果にフォーカスしすぎると過程を楽しめず、過程にフォーカスしすぎると人生で達成感を味わう機会を逃し、結果的に人生に対する幸福度や満足度は低下するでしょう。

至上主義は言ってみれば「何かに固執する考え方」といえますね。

できるだけ、思考は柔軟にしていきたいものです。

では!

このエントリーをはてなブックマークに追加

参考記事等

スポンサーリンク
おすすめの記事