「成功体験は役に立たないし危険?」成功体験への固執は傲慢と病みをもたらす

「自分に自信がもてない人は小さな成功体験をたくさん積んでいくべきだって話があるけど、まあ納得だよね。失敗ばかりの人生では何やっても上手くいかないんじゃないかって思うもんな。少しでも成功体験がないと人生ハードモードよな。」

まあ、成功体験は大事っちゃ大事よな。

ただ、あまり過去の成功体験に執着するのは、メンタルの管理のためには得策じゃないかもしれない。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「成功体験は役に立たないし危険?」成功体験への固執は傲慢と病みをもたらす」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

自分に自信がない人等
・過去の成功体験に固執することの危険性について知りたい人

自分に自信がない人にとって成功体験を積むのは、かなり重要な事です。

やはり自信というものは小さな成功体験によって形成されていくものですからね。

しかし、その一方で成功体験も扱い方を間違うと少し有害になってしまったりするのではないかなって思ってしまいます。

例えば、過去の成功体験に固執すると見苦しいいわゆる老害なんて存在になってしまうでしょうし、逆に成功体験がないと感じると今の自分の価値を低く見積もってしまうなんてこともあると思うんですね。

成功体験を自身のよりどころにするのは基本的に正しいですが、今回はその扱い方について少し考えてみたいと思う次第。

では、ゆるりとおおくりします。

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自信がない人に成功体験が必要なのは正しい

自信がない人にとって小さくとも成功体験を積んでいくのは重要。

自分に自信がない人は往々にして、「自分に出来る事なんて何もない」とか「自分は何をやってもダメ」みたいに自分の価値を低く見積もりがちです。

しかし実際に「何もできない人」なのかはわからないもの。

もちろん、分野によるものの意外と自分を信じて努力を続けることで自分の才能が花開いて頭角を現す事なんてままあるものです。

というかですね、「全てにおいて無能でどうしようもない人間」なんていないんですね。

みんな何がしかの才能を持っているものです。

実際、わたしの場合でも、正直特に優れた才能なんて持っている気がしてきませんでした。

割とちょっと前まで、「自分なんて何もできねえじゃん、本当自分クソ!」なんて悪態つくことが多かったように思いますね。

ですが、わたしの場合は人との出会いの中で自分にも長所があるなと気が付かされて今にいたります。

才能は「ただ待っているだけでは気付けません」。

才能は自分自身で気づくための努力をすることでしか見つからないものです。

具体的な才能の見つけ方については以下の記事参照。

とはいえ、「自分に自信がない人」は実際に才能などを見つけるべく行動するための燃料が足りない状態に陥っています。

そこで、自分に自信がない人は「意外と自分はやればできるんだ」という事実に気づくべく小さな成功体験を積むことが重要です。

もしも、あまりにも「自分に出来る事なんて何もない」等と言った気分になるのであれば、「日記にどんなに些細な事であってもその日自分ができたことを記していき一週間後などに見返す」のがおすすめです。

「自分ができたこと」の内容は、「歯を磨いた」とか「眠くても朝食を食べた」、「寝る前に歯を磨いた」等の様な取るに足らない事でもオッケーなんですね。

こういった事でも日記に書いておくと、後で見かけた時にあまりのボリュームに圧倒されるはずです。

「うわあ、、、こんなに沢山の事を自分は一週間にやってきたのか、、、」と驚くとともに、少し自分を褒めたい気持ちになるでしょう。

そう、「生きているだけで人はいろいろな事が出来ている」のです。

まずは、その事実に気づきましょう。

生きているだけで自信を持っていいっていうのはこういう事です。

生きているということ自体が凄い事なんですな。

小さな成功体験の積み方については以下の記事がリンク先の記事が参考になるでしょう。

過去の成功体験をよりどころとするのはいいけどれど、、、、

さて、「小さな成功体験を積むこと」が自信を持つために重要であるのは、常識的にも心理学的にも正しい事と言えます。

しかし、何事も例外というか「この場合は少し気をつけないといけない」という事があるものです。

わたしも小さな成功体験を積む事で自信を育むことには大賛成なのですが、「過去の成功体験の扱いには細心の注意を要する」と思っています。

たしのいう「過去にの成功体験にとらわれる」とは、「昔の自分が~できたから~今の自分も~できる」という意識にとらわれすぎるという事なのですな。

あまりこういった思考をしていると、自分を苦しめることになるでしょう。

人間は加齢によって段々と体の自由はがきかなくなるし脳の働きも落ちていきますので、成功体験をして長い時間が経過するとその成功体験に段々と再現性がなくなってきたりするものです。

さらにいえば、過去の成功体験が成功したのは本人の努力はもちろん環境や時勢と言った様々な要因の結果ですから、「いつでも同様の事を起こせる」とは限りません。

事実、過去の成功体験にとらわれてビジネスを失敗させている経営者の話もよく聞きます。

若いころは新進気鋭の起業家で数多の事業を成功させてきたが、晩年に差しかかってジュライのやり方に固執して業績を落としたという事例です。

成功体験を積むにしても、常に頭の片隅には「これがいつでも通用するとは限らないのだ」とか「今の状況を適切に把握し足りないところは他者からきちんと学ぼう」という知的に謙虚な状態で居続ける必要がありますね。

また、あまり結果や能力にフォーカスして成功体験を積んでいると、「過去にできたことが今できない」とか「能力が加齢で下がってしまったからもうできない」等と言ったように感じて自信を喪失することもでしょう。

成功体験を自信のよりどころにするのなら、「なるべく時間の経過とともに風化しないもの」に着目して体験を積んでいきたいものです。

「時間の経過とともに風化しないもの」を具体的にあげるのであれば、「自分がどんな困難を実際に乗り越えてきたか」とか「どう困難に立ち向かってきたか、その立ち向かう姿勢」といったものかもしれません。

少なくとも、「自分の能力」や「自分が実際に出した結果」といったものに『過度に』焦点を合わせた成功体験の積み方は後々問題をもたらすことも考えられるのであまりお勧めはできないかなって気がしています。

結果至上主義は人生をハードモードにする

「成功体験を積む」と言うと、「何かしらの望んだ結果を出す」とか「社会的評価に値する実績を積まねばならない」等と言った考えをわたし達はしがちです。

しかし、こういった「結果を強く意識した成功体験の積み方」では、上述したように後々「昔は出来たのに、、、」みたいな心理に陥りやすいといえるでしょう。

なので、あまり「結果にこだわる」のはいい事ではないんです。

これは人生全体を通して言えることですが、結果自体ではなくその経過や過程にフォーカスしたものの見方をする方がおそらく全体的な幸福度は高いと思われます。

結果至上主義では幸せにはなれません。

成功体験を足掛かりにして自信をつけるのは有用ですが、その体験を通して「何を達成したか」や「自分には~という能力がある事が証明された」の様に考えずあくまでも「そういった課題に立ち向かった事で精神的に成長した」の様に考えたいものです。

結果や実績と言ったものより、もっと内面的な事柄にフォーカスするといいんじゃないかなと思ったりします。

結果至上主義志向にとらわれない様にするための一助になると思うので、以下の記事も参考にしてみてくださいな。

参考記事等

おわりに

この記事は「「成功体験は役に立たないし危険?」成功体験への固執は傲慢と病みをもたらす」と題しておおくりしました。

成功体験を通して自信をつけるのは重要ですけども、あまり「能力や成し遂げられた実績」に執着するのは後々の事を考えるとあまり得策ではないでしょう。

なのでもっと「実績そのものよりもその実績にいるまでの経験」や「その経験を通して成し遂げた内面的成長」等に焦点をあわせていきたいものです。

成功体験を足掛かりにして自信をつけるのは重要ですが、結果に過度にフォーカスしない様にしたいものですね。

では!

参考記事等

「結果が全て」の結果至上主義者は得てして幸せにはなれない。

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