相手の立場に立って考えろとしきりに言うやつ程人の立場なんてわかってない。

「あたいあえて批判されるの覚悟でいうけどさ。なんか、よくちまたでいわれている『思いやり』ってのがすんごい鼻につくんだよね、、。まあ、理由なんてよくわかんないけどさ。なにさ、『思いやり』って?なによ、『相手の立場を考えろ』って?じゃかあしいわ!こんなこと言ってくる奴ほど人のこと言えないろくでなしが多くね??まじめに。」

んー、そうねえ、どうだろね、、、、まあな、そうかもな。

オニギリス!

脱マンネリストのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「相手の立場に立って考えろとしきりにいう奴ほど相手の立場をわかっていなんじゃ?」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

相手の立場に立って考えるというのが具体手に何なのかよくわからない人

ま、これはわたし自身の体感の話ですが、他人に対して「人の立場を考えろ」っていう人の多くが、いわゆるお節介だったり自分の保身第一のクソだったりする気がしてます、、、、。

まあ、わたしの主観にすぎないんですけどね、、、、。

ちょっと、知っている限り「うっとおしい人が多い気がする」んですよ。

なんていうの?

感情のコントロールがへたくそで情にすぐ流される人っていうのかなあ、、、、。

「そんなことないよ!」て人はこの記事読まないでいいっす!

「なんか、わかるかな?」て人はどうぞ。

では、ゆるりとおおくりします。

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思いやりって何ザマス?

「思いやりって何ザマスか?スネちゃま?」

、、、はい、すいません。

言ってみたかっただけです(笑)。

「キンモ―☆」と思った人はブラウザバック推奨!

さあ、茶番は終わりだ!

まずは、思いやりの定義から例のごとく確認していきましょう。

思いやりとは、、、、

その人の身になって考えること。察し気遣うこと。同情。 「 -のない仕打ち

遠くから思うこと。想像推量。 「 -異なことなき閨のうちに/源氏 帚木

思いめぐらすこと。思慮考え。 「いにしへのすきは、-少なきほどのあやまちに/源氏 薄雲

引用元

https://www.weblio.jp/content/%E3%81%8A%E3%82%82%E3%81%84%E3%82%84%E3%82%8A

「その人の身になって」、つまりは「相手の立場にたって」とほぼ同義と考えてよさそうですね。

うん、やっぱりってカンジ―。

相手の立場を考えろといっているのに、、、、

「相手の立場に立って考えなさい」

はい、もういやというほど聞かされてきたフレーズですね。

そう、なんか念仏のごとくみんな言っている、、、、。

でも、個人的には「相手の立場に立って考える」のは人間関係を構築する上では欠かせない要素であると思っています。

だから、「相手の立場に立って考える」、つまり「思いやり」は大事です、、、そう、大事、、、。

しかし!

わたしが個人的に感じている限りでは多くの人が、「相手の都合を考えない独りよがりに終始している」ように思えてなりません。

そう、それも「思いやりが大事」とか「相手の立場に立って」ということをしきりに言う人に限って、

「お前たちこそちゃんと人の都合考えたら?いいお節介だゾ?」

て感じの人が多い印象。

さて、これは傾聴についての記事でも触れたことなんですが、「相手の痛みや気持ちが分かる」なんてのは幻想なんですね。

だから、勝手に想像するんじゃなくて本人の話をしっかり聞かないといけないわけです。

そう、痛みはわからないし気持ちもわからないから本人からしっかり聞くんですよ。

だけど、いわゆる情に流されやすい人ほど簡単に「わかるよ」なんて言い出したりしますね、、、。

「んな、わけあるかい!てやんでい!」て話。

本人しかその本人の気持ちなんて知らんし、痛みなんて知らんよ。

何を勝手に想像してわかった気になっているんだか、、、、。

わたしは「思いやりとは8割の分析と2割の感情で構成されている」と思っています。

感情が関与するのは「この人に配慮しよう、したい」とか「自分が分析した結果をもとにできるならこの人を笑顔にしたい」みたいに考えるときだけ。

つまり、会話でいうなら最初と最後だけです。

まず、わたしの場合、相手に配慮したいという感情が動機となって相手の話を聞き始めます。

ただ、相手の話を聞いている時は原則分析に徹していますよ。

そして、その分析結果を相手にとっていい方向に活かそうという感情が最後に働くわけです。

そして、配慮なりなんなりが行動等として表面に出てくるんですね。

はい、ではお節介な人の思考はどうなっているかというと、始終自分の感情で一貫しているんだと思われます。

そう、「自分がされるとうれしいから人にそれをする」とか「自分がそれをされて嫌だから相手にそれをしない」みたいな感じなんです。

とはいえ、行動には「原則」がないと効率が悪いので、「自分がされて嫌なことは人もされたくない」という仮説にのっとって行動するのは理にかなっています。

しかし、これはあくまで「仮説」であって、「ルールではない」のです。

初対面ならいいんですがね、、別に。

本当にコミュニケーションをしっかりとっていこうと思ったら、仮説を前提として行動する一方でそれが正しいか検証しないといけません。

つまり、何が言いたいかっていうと、日ごろから傾聴して人の話をよく聞き、その人と密な関係を築いておこうってことです。

そうやって、信頼関係を築いておいてこそ思いやりって可能なんだと思います。

そうじゃないと、いいお節介になりがちだと思うんです。

もはや、小手先の技術なんかで「思いやりは実現できできるもんではない」と思うのよねえ。

結局は、「日常でその人に接するスタンスが大事」ということに終始すると思うんですよね。

参考記事等

情に流されやすいと人の立場なんてわかるはずない?

ちょいと、やりすぎなタイトルですいません。

ただ、これがわたしの偽らざる本心です。

情に竿さしゃ流される~てやつですな。

はい、川下まで流されて戻ってこれないだろうね、きっと。

当然、無理な時もあるけど原則として、相手の感情に自分が反応しては相手の感情を分析できないので、「ちゃんと話を聞く!」と決めたら感情と行動を分離しないといけないと思っています。

多分、傾聴やらコミュニケーションが本当にうまい人ってこれが徹底していると思うんですよね。

営業とかで言ったらまさしく「市場のニーズをつかむ」とかそんな感じかもです。

ニーズを探るはずが「いや、こんなもの売れんやろwwわいもこんなもん嫌いやしw」みたいになったらニーズなんて分かりっこないですよね?

だから、例え相手が怒りや悲しみのようなネガティブ感情を発露させてきても、決してそれに反応しないで「冷静な分析をもって聞くことに徹する」のが大事かとおもうのです。

で、最初の話に戻るのですが、人にしきりに「人の対場に立って考えろ」というタイプの人って感情に流されやすい人が多い気がするんですね。

だから、「こんなつらそうにしているのみてられない!」みたいなある種のエゴで行動してしまうわけ。

それがお節介になるんじゃないかなって思うのよねえ。

で、周りの手を貸すのが遅い、ないしは貸さない人に対して怒りを感じたりして感情的になっているっていうね。

なんかなあ、、て印象です、個人的には。

で、感情と行動の分離は完全に近い状態でできることはなかなかないでしょう(できてたら相当訓練したかサイコパスだわな)。

でも、これは瞑想するなどしてセルフコントロール能力を向上させることである程度は可能だと思います。

事実、わたしは完全とはあえて言いませんが、日ごろから瞑想しているのである程度はできるようになっていると思っています(気のせいでないことを祈る!)。

思いやりを持って行動するつもりが、お節介を焼くことにならないようにしたいものです。

参考記事等

おわりに

この記事では「相手の立場に立って考えろとしきりにいう奴ほど相手の立場をわかっていなんじゃ?」と述べました。

ちょいと、語気の強い記事なってしまい申し訳ないです。

個人的にお節介を思いやりだって主張してくる人を見かけることが最近多くて、「それちゃうやろが!」て言いたくなってしまっているので、、、、。

まあ、でも悪気があるわけじゃないので「お前よ、、、」なんて文句を言いに行くのもなんか違うかなって思うんですわね。

ただ、今回本文では触れなかったけど思いやりあるふりをしてあなたを支配しようとする奴ってのもいるから注意ね。

きれいごとを言ってそれを盾にして、あなたに自分の言うことを聞かせようとするやつがいるんだわ、、、、。

それをカバートアグレッションっていうのよね。

一応参考記事としておいとくね。

では!

参考記事等

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