死ねって言われても、死んでやる義理はねえから明日も生きろよ!!

「本当に口悪いよなあ、あいつ。いつもいつも気に入らないことあるとすぐに死ねって言ってくる。さすがに死ねはないだろうよ、、、。口悪すぎるだろ、気分悪いって。」

ふぬ、確かに「死ね」という言葉には冗談ではスマンくらいの強烈さがあるよなあ。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「死ねって言われても、死んでやる義理はねえから明日も生きろよ!!」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ
  • 死ねという言葉を気軽に使う風潮にいかがなものかと思っている人
  • 死ねといわれてなんかモヤモヤする人

「死ね」という強烈なワードですが、日常生活の中で本当に言う人はもうそれこそ「口癖なのか??」と思うくらいに頻繁に言っていますねえ。

実際、そういった「死ね」を多用する人たちは、「死ね」というのが習慣になっているようです。

なので、「死ね」と言われたからと言ってそれが必ずしも、「死んでほしい」と死を願われたというよりも、「目障りだから目の前から失せろ」とか「不快なんだけど?」といったくらいの意味合いで使われている可能性がありますね。

てか、ほとんどがそうでしょう。

まあ、一部には「本当に相手に死んでほしい」って場合もあるでしょうが。

それよりなにより「死ね」と言われても、言われた当人であるあなたに「死んでやる義理はない」ってことを忘れてはいけないですな。

生か死かを決めるのは、他ならぬあなた自身です。

ちょっと今回は、「死ね」と言われたときの心の持ち方やそんな言葉を言う人たちの心のうちについて探ってみたいと思う次第。

では、ゆるりとおおくりします。

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死ぬかどうかを決めるのはほかならぬ自分である

「死ね」と言われるのは、人によってはかなりショックです。

気にしない人からしたら、「まーた、いってら」くらいで済むところを、気にする人は「うわあ、、」ってなりますわな。

ただ、ショックを受けるのはまあ分かるとして、一旦「相手に死ねといわれてもそもそも死ぬか生きるかを決定するのは自分自身である」という事実に目を向けてほしいのです。

物理的に攻撃を加えてきて命を奪いにくるならともかくも、「ただ、死を願ってくるだけ」だったら何も実害は生じていません。

殴られたわけでもナイフで刺されたわけでもありませんから、実際には何もおこっていませんね。

ただ、心の中では「相手にとっては自分は必要がない存在である」とか「相手にとって自分は迷惑ない人間なんだ」といった葛藤が生じるくらいです。

こういった葛藤に苦しむのは、「誰かに認めてほしい」とか「人に迷惑をかけてはいけない」といった思いがあるからではないかと思います。

しかし、正直言って「別にその死ねと言ってきている相手以外にいくらでも人という意味ではかわりはいる」し、「人に迷惑かけるなんて生きていれば当たり前の事」なので、実際には「気にする必要すらない」って感じの葛藤ではありますな。

まあ、「バカバカしい葛藤」とまでは言いませんが、気に病まなくても大丈夫だよってことは言いたいです。

誰かに嫌われても好きになってくれる人も必ずそれなりにいるものですし、人は結局のところお互いに迷惑をかけあって生きているので、まあ生きてれば知らず知らずのうちに迷惑をかけてしまっているものです。

もし、死ねといわれる相手に対して固執したり言われた事を気に病むようなら、とりあえず以下のようなことをしてみるといいと思います。

・他の場所に新たに人間関係を広げて自分が交流する人たちを増やしてみる
・誰かに積極的に親切にしてみて自分も誰かの役に立てるのだという事を改めて実感する
・自尊心の向上やメンタルの強化に励んでみる

とりあえず、すぐにできそうな事にはこんなことがあるでしょうね。

最後にあげた「自尊心の向上やメンタルの強化」について詳しくは、以下の記事参照。

もっとも、これ以外にも自分の人生を見直して見て自分の大事にしたいものを見つけたり、感情を切り分けて客観的に見るなんて言うのも有効なんですが、それが気になる人は以下の記事をご覧くださいな。

冗談でも死ねはいかがなものか

はい、率直に言って、冗談でも死ねというのはいかがなものかって思います。

「死」という言葉は、インパクトが強いので周りに与える影響も結構凄いですよねえ。

まあ実はお恥ずかしながら、わたしも一時期癖になっていた時期があるので、そういう人の気持ちもわからんでもないのですがやっぱり問題が多い行為だよなあって感じますね。

言う方としては、「自分の煮え立つ感情の激しさ」を言葉に乗せようと思うと、どうしても「強い言葉」を使わざるを得ないので「死ね」という言葉が口をついて出てくるんでしょう。

なのでもし誰かに対して「死ね」というとしたら、いう方としては、別に「本当に相手に死んでほしい」というよりか「本当に嫌いだから自分に関わらないでほしい」といった感じで使っていると思います。

で、思い返してみるとわたしの場合、人に対して使うことよりも、「雨」とか「天災」みたいな「モノ」に大して使うことが99%でしたなあ。

雨も天災のたぐいもどれも生き物ではないので「死ぬ」わけないんですが、なんか自分の腹の立ちようを言葉にして表現しないと気が済まなかったという感じです。

まあ、決していいことではないですよねえ。

で、こういった「腹の立ちようを表現するのに安易に強い言葉に頼る」というのは、いくら腹が立って認知能力が低下しているにしてもあまりにも「安易だなあ」って印象ですよ。

あの有名な漫画「ブリーチ」の愛染惣右介のセリフじゃないけど、「あまり強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ」て感じですわ。

なんか、「あー、コイツ語彙力低くて、頭わるそー」って感じしますねえ。

なお、語彙力が高い人ほど自分の感情を的確に表現できストレスに強い、なんて事を主張する研究も存在しています。

ということは、、、、腹が立った時に「死ね」とばかり言っている人はもしかしたら「メンタルが弱く安定しない人」である可能性もあるってことですねえ、、、、。

汚い言葉ばかりを使っていると、お里が知れるというか人間性が知れるというか、、、、うん、なんかあんまり賢くなさそうな感じがしますねえ。

死ねとは安易に言うべきじゃないっすね。

死に対する現実味が言葉の使用にかかわっていそうではある

「死ね」という言葉のインパクトはそれなりに大きいので、最初に使い始めたばかりの頃はそこはかとない罪悪感のようなものを覚えていたりするものでしょう。

しかし、使う回数が増えてくると悪い意味で「慣れてくる」ので、かなり気軽に罪悪感なく言えるようになってしまいます。

ただまあ、やっぱりこういった強いインパクトの言葉はあまり聞いていてい気持ちのいいものではないですわな。

で、結局、こうやってなれてしまうのには、「死というものに対する認識」がかかわっている気がします。

死に対して現実味が感じられないと簡単に「死ね」という言葉を使うようになるんじゃないかなあって気がします。

例えば、最近の事例で言うと、お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきおさんは、フジテレビ系のテレビ番組「ボクらの時代」にて東北の震災を機に震災以降に作るネタには「死ぬ」という言葉は一切使わないようにするようになったと言っていた様です。

というのも、震災以前のサンドウィッチマンのネタには「死ぬ」という単語がかなり頻繁に登場していたからなんですね。

東北出身の伊達さんは、東北大震災を機に人生観や死というものに対するとらえ方が変わったというわけです。

死をより現実味のある身近なものとしてとらえられるようになったという事でしょう。

https://chanto.jp.net/communication/pair/32822/

確かに、人の脳は普段死というものを自分には起こらないものとして認識するように働いているので、「死なんて他人事である」と考えるのは実に理にかなっています。

でも、現実には「死は誰に対しても等しく訪れる事実」なわけですから、もう少し死という概念を慎重に取り扱ったほうがいい気はしますねえ。

まあ、「死ね」っている言葉は、悪気がなくたってあんまり気分のいい言葉じゃあないですからなあ。

死というものに対する現実感のなさが、「死ね」という言葉への馴れを加速させる気がします。

結局、「死ね」が口癖の人の多くは死に対する現実感がないから安易に使うんでしょうねえ。

おわりに


この記事は「死ねって言われても、死んでやる義理はねえから明日も生きろよ!!」と題しておおくりしました。

死ねという言葉を言っている人の多くは、おそらく「本当に相手に死んでほしい」と思って行っているわけではないでしょう。

そうではなく、「自分の感じる不快感を表現するのに直感的に適していると思うから」こういった強烈なインパクトを持つ言葉を使っているのだと思います。

まあ、個人的には「あんまこういった言葉は使わない方がよくね?」と思いますが、中々死というものへの現実味みたいなものを感じる機会がないとこういった言葉を抑えようって思えないのかもしれません。

死は普通にしていたら「他人事」ですからね。

いいことではないと思うけども、脳の機能としては正常なので何とも言えません。

まあ、だけどさ、死ねなんて安易に使うのはよした方がいいっすよね~。

あんまり、「死ね」って言っていると愛染様に「あまり強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ」て言われてしまいますなあ、、、。

では!

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