可愛くないと生きている価値ない、なんて考えはただの思い込みじゃよ

「本当さ、可愛くないと何しても無駄だわな。可愛くないと生きている価値なんてないわ。可愛くないと誰からも愛されないしすぐにバカにされるし、、、。」

んー、どうかねえ。

誰にも愛されんこたあないぞ。

それに何をもって価値があるかなんて見方次第で結構変わるんよねえ。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「可愛くないと生きている価値ない、なんて考えはただの思い込みじゃよ」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

・可愛くないと生きている価値ないと思い込んでいる人
・話しのネタが欲しい人
・あまりに外見にこだわりすぎて視野が狭くなっている自覚が少しでもある人

今に始まったことではないでしょうが、女性、特に若年層の女性には一定数「かわいくないと生きている価値がない」と言った思想に傾倒している人たちがいます。

実際ある程度容姿へのこだわりは誰にでもあるだろうし、最近ではルッキズムに傾倒する人達も多いのでこのような考え方をする人がそこそこの人数いてもそこまで驚きはないでしょう。

ただこういった思想は加齢と共に自分を苦しめることになるだけでなく、人格的に良い人との出会いを遠ざけることになってしまうので少々もったいないものと言えます。

何よりも自分のために今一度こういった考えを見直してみた方がいいのかなって思ったりする次第。

その方が結果的により幸せになれると思うんです。

ま、余計なお世話なんですけどね。

なお、この記事では「可愛い」という言葉を「顔が整っている」と言った解釈で用いる事とする次第。

では、ゆるりとおおくりします。

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可愛くないと生きている価値がない?、、、んなわけない

まず、「可愛くないと生きている価値がない」という考え方の妥当性について簡単に考えてみたいと思います。

結論から言うと、「可愛くないと生きている価値がない」という見解は、普遍的妥当性がありません。

いってしまえば、「本人がそう思っているだけ」です。

こういった考えに対して、世の多くの女性は「そんな考えしかできないなんてかわいそうな奴だ」的な感情論を言いがちです。

これはいわゆる良識ある人たちがその視野の狭さにあきれていると言った側面とあまり容姿に自信がない人達が自分の人生を否定されたように感じて感情的になっている側面等があるんだと思います。

ま、、、気持ちはわからんではないですが、個人の勝手な思想に感情的になったところで無意味なのでここでは感情は抜きにして考えましょう。

そもそも価値とは何かという事ですが、価値とは結局は「誰のどんな立場から見るかでかなり変化していくものだ」と言えます。

例えば無類のコーラ好きにとってコーラは非常に価値ある飲料ですが、健康オタクで何を食べるかについて非常に神経をとがらせている人にとってコーラなんて健康に悪いので価値が低いものと言っていいでしょう。

それにそもそもこの世界に普遍的に価値のあるものなんて言うのは何一つ存在しないともいえます。

こう言っては何ですが、人間中心の文化的な社会を構成しているから人命が何より大事とか人権が大事とか言うわけです。

時代や目的などを異にしたらこの根底は瞬く間に崩れ去るでしょう。

そもそもこの世界に元から価値があるものや意味のあるものなんてなくて、個人単位で見たら「自分が何を求めているか」が価値に反映されているだけと言っていいと思います。

価値は自分で決めていくものと言っていいかと思いますね。

結局のところ、「可愛くないと生きている価値がない」と言っている人にとっては、可愛さが本人の欲求や目的をかなえるために不可欠な最重要要素ってことなんでしょう。

あくまでも「本人にとって」。

何に価値を置くかは本人の勝手です。

ちょっと雑な言い方になりますけども、人の数だけ価値はあるって考えてもいい気がしますね。

可愛ければすべてよし?、、、んー、あめえよあめえよ

結局、「可愛くないと生きている価値ない」というのは単なる個人の見解に過ぎません。

問題なのは「なんでそう言った意見を持つ人はそう思うのか?」というその結論に至るまでの思考過程とその根拠の方です。

一体彼女たちは可愛さというものが自分にとってどういった意味で重要だと思っているのでしょうか?

問題はそこなんですな。

という事で、この主張の根拠としてありがちと思われるものについて列挙してみましょう。

  • 可愛くなければ愛されない
  • 可愛いと人生が上手くいきやすい

以下順次捕捉。

・可愛くなければ愛されない

人によっては「女は可愛くなければ愛されることはない。だから可愛くなければだめだ」なんて思っている人がいるように思われます。

この様な事を根拠としている場合、おそらく本人の重要視することは「愛情を注いでもらう事」なのでしょう。

それは恋愛にとどまらず人間関係全般についてだと思います。

確かに可愛い方が多くの人から好感を持たれますし、恋愛でも不自由することはないでしょう。

まあこれは男性も同じですねえ。

イケメンは恋愛で無双できますわな。

ただ、何でここまでして他者からの愛情を求めるのかが問題です。

そこまで多くの人からどうして愛情や好意といったものを集めたいと思うのでしょう?

何か心理的に入り組んだ問題を抱えている気がしてしまいます、、、。

まあそういったことさら愛情や好意を求める事の是非はとりあえずおいておくとして、本当に「可愛い事」だけがそれらを得るための絶対不可欠の要素なのでしょうか?

もちろん、可愛いに越した事はないですが、それだけでしか愛情や好意を得ることはできないかという事です。

確かに可愛くないと可愛い場合よりも好意を得られる範囲は狭くなります。

可愛い方がより多くの人から興味や好意を得られるでしょう。

しかし、可愛くなくても好感を得るのは不可能ではありません。

人から愛情や好感を得るための要素には、愛嬌のような性格的な要素もありますし、心理学的視点からみると長期的関係においては性格的要素の方がより重要になります。

外見の良さは初対面で興味を持ってもらうのには非常に有効ですが、深い付き合いをする段階ではその影響力はかなり減少するのです。

なので、「可愛さによって人の愛情や好感を一気に手にできる」という考えは単純すぎるんですな。

可愛いと興味を持ってもらいやすくはなるけど、その先は性格だという事です。

逆に興味を持ってもらいにくくとも、深い関係を築けるならそれでいいわけですな。

それにある程度雰囲気美人と言えるレベルまでダイエットやメイクなどで容姿を上げてしまえば、別に「正真正銘の誰が見てもわかる美人」にならなくても比較的簡単に興味なんて持ってもらえます。

過剰に可愛さに固執する必要はないといえるでしょう。

もっとも、「わたしは主演をはれる『美人女優』になりたいしならねば人生は終わりだ!」と真剣に思っているのに可愛くないという場合は、もう整形くらいしか手はないでしょうな。

ただ、そんな特殊な状況でなければ別に可愛さに過度に固執することはないです。

可愛くなくても努力で愛情や好感は得られると断言してもいい気がします。

・可愛いと人生が上手くいきやすい

可愛い人はおそらく人生トータルで見た場合、結構得をするかもしれません。

例えば、生涯年収に関して言えば美人とそうでない人、特にいわゆる俗にブスと言われるよう人とはかなりの格差があるとの研究があります。

詳しくは以下。

また可愛いなら世の中に一定数いる相手の容姿の優劣により態度に露骨な差をつけるしょうもない連中からの悪意を受けずに済みます。

例えばにわかには信じがたいことですが、世の中には道を歩いている通りすがりの人に向かって「ブス」等というなんて意味の分からない人がいるとも言います。

こういった理解しがたい連中からの悪意を可愛ければ回避できるという事ですな。

そして、美人であれば恋愛でも相手選びに困ることはまずないでしょう。

しかし恋愛に関して相手選びに苦労しない、つまりモテるからと言って幸せな恋愛ができるとは限らないという事は重要です。

いや、むしろモテるがゆえに変な異性から目をつけられることも多くなるかもしれません。

わたしが知る限り美人はいわゆるダメンズと結構不幸な恋愛をしている事も多い気がしています。

詳しくは以下。

ですので、果たして「モテることが幸せにどれだけ貢献するのか」はわかりません。

むしろモテずとも結果として誠実で思いやりのあるパートナーを見つけて結婚した方が、刺激はないし地味ですが長期的に見て幸せである可能性もあります。

まあ恋愛なんて麻薬のようなものですからね。

ハマると頭がバカになって危険です。

ま、倫理を度外視すれば可愛さだけを最大限利用して人生勝ち逃げする道もある気はしますが、、、まあそれはいいですわ。

あんまり建設的な気がしませんので。

本当に自分にとって必要なのは可愛さなのか?

人生は可愛いとトータルで見ると、おそらくプラスが多いでしょう。

しかしだからと言って、可愛さがないと人生は不幸が確定しているというわけでもないです。

上述したとおり重要なのは、可愛い事それ自体よりも「その可愛さによって何がほしい、実現したいのか」という事ですな。

意外とそれをつきつめていくと、自分が一体何に価値を感じているかが分かってくるはずです。

自分が何を人生規模で何を望んでいるかがわかったら、その方向へどうやって進んでいくかを考えればいいのですな。

おそらくそんな風に考えていったら、可愛さは必ずしも必要ではないという話になると思います。

人生における価値について詳しくは以下。

ただそうやって考えていった場合でも、「どうしても可愛くなければだめだ」となるのなら最終手段として美容整形をするのも手かもしれません。

わたし個人の見解としては、整形することで幸せになれるのなら何も問題ないと思います。

しかし、あくまでも最終手段なんです。

整形とは、「やれば美人に絶対なれる」という代物では全くないですし後遺症のリスクもあります。

かなり慎重には慎重を期して行うかどうかを判断すべきものなんですね。

どうしても整形が必要だというなら、徹底したリサーチをした上でどうするかを決めましょう。

おわりに

この記事は「可愛くないと生きている価値ない、なんて考えはただの思い込みじゃよ」と題しておおくりしました。

「可愛くないと生きている価値ない」という考え方ははっきり言ってただの思い込みですし、幸せになるのに必ずしも可愛さは不可欠ではないです。

可愛い方が多くの人から好意や興味を持たれやすいのは確かですが、だからこそのデメリットもあるもの。

結局は、自分が人生規模で何を大事に死体を考えているかを知るのが大事なんですな。

その大事なものを追求していくにあたって、どうしても可愛さが必要なラ最終手段として整形するのもありでしょう。

でも、そうでない限りは可愛さに固執する必要は全くないですな。

ま、わたしも人のことは言えないので視野は広く持ちたいものです。

では!

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