「年齢よりも若く見られる」と自分で言っている時点でヤバいかも

今回は以下の様な方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ
  • ・自分で「よく若く見られる」とか「年齢を言うと驚かれる」という人に違和感を感じる人
  • ・話しのネタが欲しい人等

自分で「よく若く見られる」とか「年齢を言うと驚かれる」という人に違和感を感じる人

話しのネタが欲しい人等

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「年齢よりも若く見られる」と自分で言っている時点でヤバい奴な件」という話です。

たまに年配の男女で自ら嬉々として「よく若くみられるんだ」と豪語する人がいますね。

こういった事例に対して、「いや、なんで自分でいうてんねん!」と突っ込みたくなる人は多いかと思います。

個人的に「若く見える」と言われる時点で「大して若く見えてはいない」と思うんですよね。

もちろん状況によりますが、基本的に本当に若くしか見えない人に対して「若く見える」とか言わないと思います。

若くしか見えない人には、「そういった若い年代の人なんだな」と思ってその年代の人に対する自分なりの接し方をするはずだと思うんです。

そう、正直ある程度年が行くと若く見えるといわれてうれしい人は多いのかもしれませんが、自分から若く見えるといわれるなどとは言わず、黙って黙々と科学的根拠等に基づいてアンチエイジングを徹底していくのがベストかと思う次第。

まあ、結局は「ひたすら自分との戦い」ですよ。

若く見えるかどうかが問題ではないんです。

「自分が納得できる見た目になれているか」が全てなんですね。

では、ゆるりとおおくりします。

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他人からの「若く見える」なんてまるで当てにならない

よく「私は若く見られます」と得意げに自己申告する人がいます。

褒められた気になって気分がいいのはわかりますが、おそらくそれはほとんどが単なるお世辞です。

人が何を考えているかは言動ではなく行動を見ないとわからないものですから、そんな言葉を信じてはいけません。

それにここ日本には、お世辞のうまい人が実に多くいますので、なおの事この手の言葉は信用ならないものです。

こんな事情があるので、他人からの「若く見える」を真に受けると痛い目にあいますね。

もし、普段から「若く見える」とも何とも言われてもないのにそういっているんだとしたら、「若く見てもらいたいだけのかまってちゃんだ」ということになりかなり痛々しい感じ。

そもそも他人からどう思われても構わんという人は別として、他人からの「若く見える」なんて言葉は「ああ、そうありがと」くらいで気にも留めないのが最善でしょう。

あまりにお世辞をいわれたのをうれしそうにしていると、なんかこっけいというかモヤモヤするもんです。

多分、その自身を客観的に見れてないさまに「なんか、、、おめでたい人だなあ」と思うんでしょうね。

もっとも、本当に相手が「あまりに若く見えてびっくりした」可能性も一応はありますけどねえ。

ちなみに、「若く見える」ではなくて「若いね」と言われた場合は、「あんた、年の割に全然中身が成長していないね」という侮辱である可能性が非常に高いです。

「若いね」といわれて、もし「やった、褒められた」と思っているならそれは勘違いでしょう。

ただ、とらえようによっては、「型にはまらない柔軟で奇抜な発想をする」という解釈もできるかもしれません。

若く見えるかどうかは相手の反応が全て

若く見えているといわれるかどうかなんて、もはやどうでもいい事です。

言葉では何とでも言えますからね。

若いと思われているかを判別する一番のポイントは、何といっても相手の行動です。

もちろん、行動を観察して完全に相手の心が分かるなんて事はありませんが、言葉などよりは断然信用できます。

例えば、相手の行動からこちらがどれくらいの年代だと思われているかを確認する方歩としては、自分の素性を一切知らない人に話しかけてみて、その対応がその相手の同世代ないし同年くらいの者同士のノリであるかを確認するものがありますね。

相手が「自分と同じ年代や年齢の人だと思っているかどうか」を基準にすれば、結構正確に自分が何歳くらいに見られているかが分かるという事です。

例えばあなたが45歳だったとしましょう。

この場合、全く面識のない26歳の人に接した際に、あくまでも26歳前後として扱われるというのならそれは自分が20代中盤くらいとして認知されている証拠となります。

これは自分がみられたいと思っている年代に属する人達を日々観察していないと厳しいものがありますが、慣れてくると結構判断つくようになってくるでしょう。

まあ、「だからどうした?」て話ではありますけどね。

若作りと言われてしまうのは結局「若く見えていないだけ」である

世間には「若作りはみっともない」といった意見があります。

その理由には実に様々なものがありますが、その根幹にあるものは「違和感」でしょう。

具体的に言うなら、顔は年老いているのにも関わらず言葉使いや服装が若すぎるといった事からくる違和感です。

容姿と服装等の間にちぐはぐな違和感が発生すると、「若作りww」なんて言われるわけですね。

こういった問題は結局、顔を含む容姿の年齢の印象と服装等が与える年齢の印象を調和せていく事でしか解決できません。

「若作り」と言われてしまっている時点で、その若作りは若く見せるという観点からは失敗しているというわけです。

※もっとも、すでに実年齢等の個人情報を知られている人が若作りといわれる場合は様々な要因があるため、簡単に若作りに失敗しているとはいえない。あくまでも、全く面識のない人から評価された場合の話である。

ちなみに、若作りをする、つまり「若い格好をする」事はアンチエイジングに効果的です。

すでにハーバード大学の50~200人の男女を対象とした研究によって、髪型や髪の色を変えただけで気分がよくなり全身の炎症レベルが低下する、運動機能の向上等が見込まれるとの示唆がありますね。

※この実験では、ヘアスタイルを変える事で他人に若い印象を与えられることも確認されている。

また、「自分は老けている」という意識の強い人は、そうでない人よりも死亡率が41%高いなんて話もあります。

服装などに関する若作り自体は、他人が何をいおうと積極的に行った方がいいという事ですね。

※同年代で分か作りに成功している人を参考にするのが無難。もし、もっと下の年代にまで若く見せたいのであれば老化に伴う顔や体型の変化をあらゆる角度から研究して徹底的に老いた印象をつぶす必要がある。肌の再生医療やピコレーザー、場合によってはスレッドリフト、眉下切開なども必要になる。

そして、生物的な観点から見ても「老いて見える」という事は、「衰えて弱そうに見える」という事ですので「生存競争上不利になる」と考えられます。

例えば、企業の社長や政治家が若い外見を維持し続ける事で周囲からは「あの人はエネルギッシュで指導力がある」と評価されるかもしれません。

これがもし「いかにも老いぼれてよわよわしい見た目」であったならどうでしょうか?

多分ですが、「この人は長くはなさそうだ」とか「まるで覇気を感じない」等と将来性や信頼性、指導力等の点で疑問を持たれるのではないかと思ったりもします。

もちろん、異論はあるでしょうけどね。

とにかく、「若く見える事、若く見せる努力」は生存上の要だとはいえると思います。

老化防止に関しては、以下の記事を参考にしてみるといいでしょう。

実は、若く見える事を目指しても仕方がない

ここまで若く見える事は重要だといった主張をしてきましたが、実際のところ、若く見える事なんて目指しても本当はそんなのくだらない事だとも思います。

他人に若く見られようが老けて見られようが、本来そんなことはその人の人間性や能力とはあまり関係がない事ですし、そんな事にこだわるのは控えめに言っても視野の狭い考えかもしれません。

もっとも生物的な視点から見るなら、「老いた印象は弱さをイメージさせるので若く居つづけないと生存競争で不利になる」という話にはなるでしょうし、実際見た目が若い方が有利な場面は現代では多いと思います。

現代は、見た目の価値が非常に高くなりすぎてしますからね。

しかし、「一体何のために見た目を若く見せないとけないのか」といった視点は大事にしたいものです。

個人的な見解ですが、「若く見えるようにするのはあくまでも自己満のため」にするのがいい気がしています。

自己満とは「他人から若く見られた」等という評価はどうでもよくて、「あくまでも自分が納得いくか」だけに特化すればいいという事です。

自己満であれば、他人から見て実年齢-10歳だろうが-20歳だろうがそんな事はどうでもよくて、「自分が自分の見た目を見て納得できる見た目で入れさえすればそれでOK」となります。

さらに言えば、ぱっと見で30代に見える高校生もいれば20代に見える30後半の人もいて、実年齢をぱっと見で判断するのはそこそこ難しかったりもします。

見た目年齢を低く見せるのは方向性を間違えなければ結構可能な気がしますね。

なお、わたし自身もマンガ家の荒木飛呂彦先生を主な参考にして「死ぬまで20代前半前後の見た目で居続ける」のが目標ですがこれも「単なる自己満」です。

わたしの場合、モテたいだとか他人から若く見られたいといった欲求よりも「自分自身が年を取った容姿になる事を許せないし、もしそうなったら不快すぎて納得いかない」という気持ちが圧倒的に強いんですよね。

これはこれで不健全な感じの考えだとの自覚はありますが、とにかく「老いた姿は醜いので心底許せない」といった感情が昔からあり許容できないんですな。

※この感情の9.5割は自分に向いているので老いている他人を見て不快になる事は基本的にない。

そしていずれ老いるとは思っていても、生きている限りは再生医療等の発達の可能性は常にあるので真に絶望はしていません。

わたしが劣化を嫌うのは結局「劣化したら自分を大嫌いになるから」でしかないからだと思っています。

まあそんなこんなで、あまりに老化を嫌うのは精神衛生上よくないとしても、「自分が納得できるくらいの見た目になる事」を目指せればそれでいいんじゃないかと思うんですよね。

そこに「何歳に見える」とか「若く見える」とかそういった他人の評価はいらないという事。

ある程度の年齢になったら、それぞれが思い思いに自分のなりたい見た目年齢を黙々と目指していったらいいのだと思います。

そういった観点からすれば、「若く見えますね」なんて言われたら、ありがとうと返すよりは「なるほど、そうですか。そう思われましたか」等と返した方がしっくりくるかもしれません。

、、、ちょっと、嫌味ありますかね??

知らんけど。

あんまりモテるかどうかのために若さにこだわりすぎるのは考え物

たまにわたしは友人知人等の愚痴を聞かされますが、その際に「婚活しているがいい相手がいない」という愚痴を聞かされることがあります。

単に年収が振舞わないとかそういう事かと思っていたら、話を聞いてみるとどうも問題の根幹は「相手の見た目が年の割に老けすぎている」とか、「相手の顔が整っていなさすぎる」等という事例が多い印象です。

特に、アラサー以降ともなると「年の割に老けすぎている事例」はかなりの頻度になってくるような気がします。

なので、アラサー以降の恋愛では「若く見えないとまずスタートラインにすら立てない状況」があるような感がありますね。

なので、いい年齢になってきたら、スキンケアや肌の再生医療などを積極的に行うのは非常に重要だと思う次第。

しかし、同時にあまりに「恋愛のために見た目の若さに固執し続ける」のはいい事とは思いません。

若く居続けようとか綺麗でい続けようという姿勢のある人は良く言えば「美意識の高い人」ですが、美意識をこじらせると「美意識の低そうな身なりにかまっていない人を下等な人種であると下に見るようになる」可能性があります。

また若さにあまりに固執すると、「そもそも年老いた姿になった異性は愛せない」という思考にもなりかねません。

この顕著な例がいい年した大人が恋愛において、やたらと年下の異性にこだわるという現象でしょう。

このような考え方の根底には、「異性を消耗品のように考える思考」があるといっていいかもしれません。

この思考の果てには、今の意中の異性の若さが失われたらすぐさま興味を喪失し、また次の別の若い異性を求めるという地獄のループをたどるという末路が待っています。

意中の異性の若さが失われる間、自分の若さも失われいるので若さだけに固執する者は、時期に同じように若い異性から蔑視や嫌悪のまなざしを向けられるようになる末路が待っていそうです。

その時がいつやってくるかどうかは時間の問題でしょう。

恋愛において若さに過度に固執する事の弊害は計り知れません。

まさに地獄の責め苦と言っていいですね。

かといって、老いた姿を美しいとは本能的には思えないでしょうから、そこが難しい所でしょう。

個人的に思うに、ある程度の年齢以降の恋愛は「女だから男だから」といった生物学的観点にとらわれない「人間としての尊敬」の様な理性的な感情ベースのものがふさわしいのかもしれません。

、、、、まあ、かなり無理のあることを言っている気もしますが、多分理想的にはこうなんだと思います。

性別とか性愛を超えた別の形での愛を構築しないと、長期的には不幸になる未来しか見えないですね。

おわりに

この記事は「「年齢よりも若く見られる」と自分で言っている時点でヤバい件」と題しておおくりしました。

年齢より若く見られるといった事を自称するのは、あまり賢明ではありません。

とはいえ、若く見えること自体は生存上有利なのできちんとエイジングのケアはしていきたいところではあります。

アンチエイジングはあくまでも「自己満」が基本。

誰かから認めてもらいたいとか若いと思われたいみたいな承認欲求を前面に出すとアンチエイジング自体が苦しみの素になる気はします。

気をつけたいものです。

では!

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