生きるのに向いていないと感じる人は感情に振り回されすぎている。
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「わたしつくづく思うんだよね、生きるのに向いていないってさ。なんでこんなに生きていてつらいんだろう。自分のことは凄く嫌いだし、いつも誰かに対する罪悪感で胸がいっぱい!それに今まで人生でロクに頑張っても来なかったし、そもそも私に生きる価値なんてない、、、。」

価値??

それはお互い様さ。

誰だってそもそも「生きている価値」なんてないぜ?

それに巨視的視点から見たら、誰が死んだって代わりなんていくらでもいる。

そんなもんよ。

人間を過大評価しすぎなんじゃないかなあ。

オニギリス!

脱マンネリストのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「生きているのに向いていないと感じる人は感情に振り回されすぎている」という話です。

こんな人が読むと役に立つよ

・生きているのに向いてないと感じる人

はいな、生きるのに向いてないなんて悩んでいるあなた。

そうだ、あなただ。

さーて、なんでそんなに生きる価値にこだわるん?

なんで、そんなに罪悪感抱えているのかな?

別にただ生きているだけなのにさ?

犯罪したわけじゃないっしょ?

他人に迷惑なんて誰だってかけるからどうでもいいとまでは言わないけどお互い様だ。

、、、別に悩むことなくない?

そう、あなたは「自分の感情に振りまわされすぎている」んですよ。

嫌な事を気にしないメンタルを作ったら、問題解決!

今回はそんな柔軟でしなやかなメンタルを作るためのヒントをお伝えしたい。

ん?

答えをくれ?

無理。

だって、自分を救えるのは自分だけだもん。

答えはあなたしか持ってない。

それに、誰かに救ってもらったらあなたは一生助けてもらわないと生きてけなくなるかもしれないんです。

それは他人の人生生きているのと変わんないです。

わたしはあなたの「人間の偉大なる生命力」を信じていますよ。

はい、大丈夫。

もとから生きていけるだけ十分強いから。

心配ない。

では、ゆるりとおおくりします。

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生きるのに向いていないってどういう意味だ?

さて、そもそも「生きているのに向いていない」ってどういう意味でしょうか??

社会不適合者なら「社会でうまくやっていくのがむつかしい人」のことを指すのでしょうが、「生きるのにむいていない」とまで言うとそれ以上の意味ですよね。

いろんな定義の仕方があることを踏まえあえてこれを定義させていただくなら、わたしは「生きるのに向いていない人」とは

『自分に生きる価値がないと強く信じてしまっている人』

ではないかと思います。

つまり、「生きるのに向いていない」とは「生きるに値しない」という意味に言い換えられるんじゃないかということ。

自分の価値って何でしょうね?

そもそもそんなものあるんですかねえ。

ここでいう価値って意味のようなものですよね?

さて、それに関していうならあなたの眼前には2つの道があります。

一に人生に意味を求めるのか、

二に人生からの期待に応えるのか。

この2つの道です。

言い方は多少辛辣ですが、「普遍的な生きる意味などありはしない」んですね。

生きる意味なんてその本人がそれぞれ見つける以外にないです。

だから、言っているのです。

「いつでも自分を救うことができるは自分だけである」とね。

感情はほっとくもんである

さて、いわゆる社会不適合者などにも言えることでしょうが、そもそも「生きづらさ」と相関関係にある要素には「過敏性」があります。

これは精神科医である岡田尊司が著書「過敏で傷つきやすい人たち」の中で述べていることです。

心理的な面と対人関係等の社会的な面の両方において過敏であると生きづらいと感じやすいといいます。

なお、これを「心理社会的過敏性」といいますね。

この心理社会的過敏性が高いと以下みたいなことが起こります。

  • 人前でおどおどしたりする
  • 人目を過度にうかがったりする
  • 傷つきやすい
  • 猜疑心が強く人間不信

さーて、何かあてはまってますかね?

もしかして全部だったりします?

正直、生きていくうえで嫌な感情を感じてしまうのは避けられないことですから、「嫌な気持ちを感じないようにしよう」という考え方は役に立ちません。

いや、むしろ強く嫌な気持ちを意識してしまうことで、「より一層嫌な気持ちになる」といえます。

なので、不安や焦り、イライラ等の嫌な気持ちは「気にしない」のが一番いいです。

そう、「感じはするけど放っておく」ということ。

これを実現するには「あ、自分は不安を感じているな」とただ感じ、それを自分への思いやりをもって「人であれば普通のことだ」と認めて、心にその不安の居場所を作ってあげてそこに放っておくという意識が大事なのです。

ま、むつかしいんですがね(笑)。

感情と戦うのではなく抵抗しないことが大事なんですね。

わたし達の心には抵抗・闘争スイッチみたいなものがあるといえます。

嫌な感情を感じるスイッチが入って「この感情は不快だから追い払いたい!」と抵抗が始まります。

しかし、これでは精神的な体力を浪費してしまいます。

だから、「抵抗しない戦わない」のがいいのです。

なお、瞑想を習慣化すると結構精神的に落ち着いてきたりします。

あと参考までにいやなき以下にメンタル強化、嫌な事をスルーするのに役に立つと思われる記事を置いておきますねー。

参考記事等

生きることに意味ってあるのかね?

上述した通り、生きる意味に「普遍的なものはない」です。

生きる意味は自ら意味を求めるか、人生から自らが求められている意味に気が付くかの2つの方法で見つけるしかないでしょう。

個人的な見解ですが、あなたがもし「誰かから頼られたりして力を出す傾向がある」のであれば「人生からの期待にこたえる道を取ればいい」ですし、「自分自身の欲するものを勝ち取ろうとして力を出す傾向がある」なら「人生に意味を求めればいい」と思います。

もちろん、このような基準によらず意味を求めても人生からの期待から応えてもいいですよ。

それはあなたの自由です。

しかし、

「自分自身の存在に意味を与えられるのも自分自身の人生に意味を与えられるのも『自分だけ』」

ということはしっかりと心しておきましょう。

進むも引くも自分次第です。

意味を探求するに際しては以下の記事を参考にしてみてくださいな。

意味を求めるならこちら。

人生からの期待に応えるのならこちら。

おわりに

この記事は「生きているのに向いていないと感じる人は感情に振り回されすぎている」と題しておおくりしました。

はい、生きるのに向いていないと感じるのは「自分自身の価値がないとの意識が強すぎるから」であるといえましたね。

また、生きづらさを感じやすい人は心理的な面と対人関係等の社会的な面の両方において過敏である傾向があります。

そこで大事になってくるのが「嫌な感情を放っておくこと」です。

嫌な感情を追い払うのではなくスルーできるようになると苦しまないようになりますね。

そして、生きる意味については自ら求めるか人生からの期待に応えるのかという2通りのアプローチで探してみましょう。

きっと、何か見つかると思うので。

まあ、生きるに向いていないなんて人はいないですよ。

そう、思い込んでいるだけです。

もっと、自分へ思いやりをもって生きていきましょう。

では!

参考記事等

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