人からの優しいとか冷たいといった評価を一々真に受けたらあかんよ

「どうも自分は他の人から見ると、つめたい人に見えるらしい。でもさ、本当は私だって人並みに、いやそれ以上に火とのことをシッカリと心配したり配慮したりしてんのよ。なのに単に感情表現が得意でないだけで冷たい認定ってひどくないか。」

ふむ、本当は心根が優しいのに誤解される人っておるな。

そういう人ってなんだか見ていてもどかしいよなあ。

オニギリス!

脱マンネリストのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「人からの優しいとか冷たいといった評価を一々真に受けたらあかんよ」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

他人からの優しいとか冷めたいといった評価を気にする人

人から優しいと言われたかと思えば、また誰かからは冷たいとか言われたりなんて事はままあるものです。

こうした経験をすると、「一体自分って本当はどんな奴なんだ?」とか「わたしは本当は凄く嫌な奴なんじゃないか?」等と気に病むこともあるでしょう。

ですが、はっきり言って「いちいちネガティブな見方に振り回されなくていい」と思います。

確かに人からの評価が的を得ていることもありますが、基本的にこういった優しいか否かの様な事に関しては素直にそのまま受け取っておけたいいです。

逆にネガティブな意見に対しては、「あー、この人とは何か合わないんだな」くらいに思っておけばいいと思いますよ。

優しさなんてその判断する本人次第なところがありますので、いちいち気にすることもないんです。

では、ゆるりとおおくりします。

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優しいとか冷たいとか正直どうでもいい事である

優しいとか冷たいとかは所詮他人から見た評価でしかありませんし、そもそも「優しさ」というもの自体があやふやな概念です。

例えば、あれやこれやと気をまわして手伝ってあげようとするのを優しさととらえる人もいれば、それをただのお節介とか行動を支配しようとしているんだととらえる人もいます。

そして、これはどういった態度や行動を冷たいと思うかにも言えることです。

誰かにとっては「なんだか距離が遠い感じでよそよそしくて嫌な感じ」となる対応も、他の誰かにとっては「過度に干渉せず見守ってくれるような優しさ」かもしれません。

優しいとか冷たいなんて結構人によってとらえ方が違うものなんですね。

なので、誰かに「優しい」とか「冷たい」等と言われた時にもつといい意識の在り方は、

ああ、『この人にとっては』こういった事が優しさなのか」

というものです。

「その人にとっての優しさ」という視点を大事にしたいものですな。

優しさは、厳密にいえば決して普遍的なものではないんですよ。

人の評価なんてかなりいい加減だったりもする

以前の記事で「自分の強みについて知りたいなら仲のいい人に自分の良さを聞いてみよう」と言いったように、他人からの意見によって気づくことは沢山あります。

しかし、同時に「他人の評価はあてにならないこともある」という事を抑えておくべきでしょう。

まず初めに抑えておきたいのが、認知バイアス、簡単に言うなら人の陥りやすい思い込みや思考の癖といったものの存在です。

例えば、美男美女を見て「こいつ有能そうだな」と感じるのはハロー効果によるものですし、血液型占いの結果を見て「やっぱりB型ってマイペースよねえ」等と断じるのは主に確証バイアスによるものと言えるでしょう。

こういった思い込みは非常に起こりやすいです。

またオハイオ州立大学の「社員の性格が他の同僚にどのような影響を与えるのか」について調べた研究によると、

「内向的なメンバーは、外向的なメンバーよりも他の内向的なメンバーの事を高く評価していた」

といいます。

参考

Inherently Relational: Interactions between Peers’ and Individuals’ Personalities Impact Reward Giving and Appraisal of Individual Performance

対して、外向的な性格の人はメンバーの性格に影響されず各人のパフォーマンスを正確に評価していたんだとか。

ふむ、このオハイオ大学の研究をベースに考えるのであれば、外向的な人から「優しい」と評価をされたら割と多くの人から見て優しいという事になるのかもしれませんね。

知らんけど。

まあ、とりあえず人の評価って本当に当てにならないよねって事は抑えておいてくださいな。

基本的には自分と気の合う人と一緒に居ればいいんだ

上述のようにそもそも優しさなんてあいまいな概念だし、人からの評価も結構評価者の性格や思い込みによって違ってくるものなので当てになりません。

なので、「全ての人に優しいと思われない」なんて当たり前のことですから、気にしなくていいです。

誰かにとっての優しさが他の誰かにとっての優しさである保証なんてないんですよね。

そして以前の記事でも言ったことなんですが、「自分を好きになってくれる人はどこにでも必ずいるものだ」という事です。

100人いたら20人くらいはあなたを好きになってくれたりします。

なので、「優しい人だね」と言ってくれる人はもしかしたらそういった好きになってくれる人の一人かもしれません。

わたしはそういった人と積極的にかかわり仲良くしていくといいんじゃないかなって思ったりします。

逆に合わない人とはあわないので、ある程度当たり前の親切をするくらいの関係でとどめておけばいいと思うんですな。

大事にすべきは自分を好きになってくれる人ですからね。

そこから徐々に人間関係のネットワークを広げていくといいんですな。

おわりに

この記事は「人からの優しいとか冷たいといった評価を一々真に受けたらあかんよ」と題しておおくりしました。

結構、優しさって何かみたいな記事は以前にも出しているのですが、この手の話題はある程度しつこいくらい出しても気にしている人が結構いる印象ですので意味があると思っています。

「全ての人に対して優しい」なんて目指したところで、無理なので「誰かに対して優しい」なら十分です。

自分を優しいと評価してくれる人とは、もしかしたら気が合うかもしれませんのでそういってくれる人と積極的に仲良くするといいと思いますね。

ま、優しさなんてあいまいなものですから。

では!

参考記事等

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