「生きてるだけで偉いわけないから!嘘いうな!」って気持ちはわかるけどさ

「生きてるだけで偉いだって??おいおい、バカも休み休み言えよ。んなわけないだろ。何の結果も出せないクズでもが生きているだけで偉い?笑わせんな。死にぞこないとかお荷物の間違いだろう??冗談はその自分の低能さだけにしておきな。」

ふぬ、、、、、なんつーか、あれだわ。

自分の存在にまでつば吐きかけるような、考えだねえ。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「生きてるだけで偉いわけないから!嘘いうな!」って気持ちはわかるけどさ」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

生きているだけで偉いという言葉の真意を探りたい人
・自分に対してもっと優しくなりたい人
・競争意識の中で生きるのにうんざりした人
・なんとなく、生きてるだけで偉いって言葉に敵意を持つ人

コウペンちゃんも「生きているだけで偉い」なんて言っていますが、わたしもこの考え方には全面的に同意です。

コウペンちゃんの褒め下手には少し複雑な気持ちを持っていますけど、、、。

ただ、この手の意見に対して

「は?何バカ言ってんの?頭や能力の足らないクズどもの泣き言じゃね?随分と自分のゴミさ加減を正当化しようと必死だな」

みたいな感じで攻撃的な意見をぶつけてくる人もいるようです。

まあね、分からんではないですよ?

だって、「偉い」なんて言葉が入っていたら、ちょっとそんな風にちょっかいだしたくなるかもしれませんわ。

「偉い?あ、そう。じゃあ、お前にどんだけの有益性があんの?何ができんの?おい、答えてみろよ?おい!!」て詰問したくなるかもしれません。

でもさ、そういった考え方が、時期に自分を苦しめるかもしれないってことに何故気が付きませんか?

あなたは神ですか?

それとも全知全能のゼウスさんとかヤハウェさんなんですかね?

所詮、人間でしょう、、、不完全でできることもできないこともある、、ちゃいます?

別に言葉尻とらえて「偉い?ほう、何がだよ?言ってみい?」なんていわんでもいいじゃないっすか。

、、、はい、そんな感じで行きますよ。

では、ゆるりとおおくりします。

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偉いっていうけど、別に「偉くない」から

すいません。

「いちいち上げ足とるのやめてもらっていいっすか?」

え?

だったら、足をあげるなって?

あー、そっすね。

サーセン。

うん、まあ、ただ一言いいたいっす。

「生きているだけで偉い」ていう文面には「偉い」という言葉が入っていますが、「多分一般的な意味での偉い」ではないと思いますよ。

明確に定義はできないし確証があって言うわけではないですけど、ここでいう「偉い」って「生命への畏敬」とか「生きていること自体がいいことだよな」ていう「生への無条件の肯定」という意味合いの「偉い」だと思いますね。

なので、「社会的地位が高い」わけではないし「人間性が優れている」とかでもないでしょう。

多分そういうことだと思うんですよねえ。

綺麗事だって言われたら、「まあ、そうね」としか言いようがないですし、否定するのは自由ですから一向にかまいません。

でも、これは言っておきたいですねえ、、、、

「そんな感じで難癖付けるメンタリティーは、時期に自分を傷つけるんじゃないか?」

なーんて。

条件付きの承認は危ういんだよ

まず言っておきますが、「自分に対する条件付きの承認は危険極まりない!」のですよ。

一般的に言われる「偉い」っていうのは、他者との比較ありきの概念ですよね。

誰かの身長が高いのか低いのかは他人と比べて初めて分かります。

同じように、「人と比べて成果が出せるなら有能で偉い」とか「社内で言ったら職位が上の方だから偉い」、、、、、全部他者と比較するからわかることですな。

で、「偉い人」ってきっと他の人より何かの能力や特徴が優れていたり、好ましい結果を出しているから「偉い」のでしょう。

でも、「偉い」なんて評価は、環境が変われば容易にひっくり返る可能性がある事を忘れちゃあいけませんな。

何かの基準があるから、「それに照らして偉い」のです。

しかも、世界レベルで見たら自分が「偉い」と評価される水準にいるっていえますかね。

狭い狭い範囲での比較では「相対的に偉い」だけってないですか?

それにもし、世界規模でみて「偉い」としても、ずっと「偉くあり続ける」なんてことはできるのでしょうか?

出来なくなった時に一体どう自分を評価することになるかを考えてみてほしいのです。

その時は、自分自身に価値がないと判断して恥をかく前に、自殺して人生清算するって感じですかね?

、、、そんな人生ってあまりにも殺伐としすぎてやしませんか?

心にもっと余裕が欲しい気がしてきます。

「~という条件があるから自分という存在を認められる」なんていう、自己承認じゃあ実に人生心もとないし窮屈です。

その条件に合わなくなったら、「自分自身に生きる価値はなくなってしまう」のですから。

「生きてるだけで偉い」というのは、「無条件に自分を認めてあげよう」という意味の言葉なんです。

もっと言うなら、「もっと自分に思いやりをもってあげようぜ、もっと自分を追い込まないようにしようぜ」といった意味の言葉なのですな。

まあ、綺麗事に聞こえるのはわかります。

でも、条件があろうがなかろうが「自分を無条件で認める」方が、肩ひじ張らず気持ち穏やかに過ごせますよ。

自分がかわいそうだろ!!

結果至上主義者なんでしょうかね、「生きてるだけで偉いわけねえよ!偉いっつーなら、その根拠を示せ!」ていう人たちは。

まあ、違う人はすんません。

多分、今回わたしが文句つけている人じゃないっす。

こんな人たちは偉いっていうからには、他の人にはできない偉業とか優れた能力がないととてもじゃないけど「偉い」と認める訳にはいかないっていうのでしょう。

んー、なんか誰の心の中にもいるであろう「小さな植松被告」のサイズが少し大きそう。

何センチあるかなあ?

で、言いたいんですけど、ちょっといいっすか?

「自分がかわいそうじゃないっすか」

そんなに「自分は結果が出せなくなったら価値がないんだ」なんて言わなくてもいいじゃないっすか。

結果至上主義ってそういうことではないですかね?

成果や結果の出せない人間が生きる価値は与えられないって話になりかねんのですよ。

「働かざるもの食うべからず」とか「無能は生きているだけで迷惑だから死ね」等という暴言の類は、いずれ自分に向かってくるという事を忘れてはいけません。

老害とかいう言葉もそうですね。

ま、いつか「あなたの番です」なんて宣告される日が来るでしょう。

「自分の未来」、もしくは「将来なっているかもしれない自分」に対して暴言を吐いているといえますよ。

天につばを吐くという感じでもいいかもしれん。

そう思うからには、きっと有能でさぞかしお偉いのでしょう、知らんけど。

有能無能とかあんまし気にしないワイには、分からんわ。

で、他の人間、特に能力的に下でお荷物な人間は死んでしまえば、きっとスッキリすると思っているのかもしれません。

何と思おうと自由ですし、最悪「抹殺してやる」と実際に行動に移っても、わたしは「最悪だしやめろよ」と思いますが、当人が事後に受ける制裁等に何ら恐怖を持たず覚悟が固いならどうしようもないです。

刑罰を恐れぬもののの前では、刑罰は無力ですからな。

そんなもの止められないですわ。

お手上げ。

まあ、確かにそういった「有能でお偉い人」は他の能力の足らない人の何倍も働いて結果を出していて、足手まといのしりぬぐいをしているのかもしれません。

能力の高い者からしたら、「何でこの程度もできない?」なんて思うことも多々あるかもしれませんな。

でもねえ、それって「今自分のいる環境ではそうだ」ってだけって事ないっすかね?

正直、そんなに足手まといばかりが周りにいる程に有能なのであれば、転職してもっと有能な人達が集い高給を出してくれる会社に行ったらいいと思います。

そんな突出した才能を持つ人は、もっと然るべき待遇を受けるべきです!

、、はい、そこまで有能なら転職一択ですよ。

起業してもいいね。

でも、やっぱり、どこかのタイミングで「偉くなくなる」時も来ると思うので、その時に備えて「~できる、~だから偉い」とかではなくて「自分は自分として存在しているだけでいいんだ」といった気持ちも育てていった方がいいと思うでやんす。

その方が、人生楽しいし幸福になれると思いますよ。

はい、お節介でした。

おわりに

この記事は「「生きてるだけで偉いわけないから!嘘いうな!」って気持ちはわかるけどさ」とおおくりしました。

「生きてるだけで偉い」という文に使われている、「偉い」は別に一般的な意味での「偉い」ではありません。

しいて言うなら、「生への無条件の肯定」という意味でしょう。

条件付きの自己承認ってきついんですよ。

なんせ、その条件に該当しなくなった時点で「自分という人間に価値はなくなる」し、最悪自分を殺さないと筋が通らなくなるので。

そんな危険で窮屈な時限爆弾だかトラップだかわからん考え方で生きていったら、幸せになれるとは思えません。

もっと、「無条件に自分の存在を認めてあげてほしい」です。

自分がかわいそうっす。

まあ、選ぶのは結局自分でしかないですが、幸せになる選択ができることを祈っているでやんす。

では!

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