人は「生きている」のでも「生かされている」わけでもない。
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「よく生かされていることに感謝すべきみたいに言う人いるけど、どうも受け付けないな。なんかすごいきれいごとに聞こえてしゃくにさわるな。でも、かといって生きるのは自分の意思だけによるものだって言うのも自分勝手な気がするよね…。実際問題どう考えたらいいんだろ?」

んー、どっちもありなんじゃなあい?

オニギリス!

脱マンネリストのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回はかなり微妙な話題を取り上げてみたいと思います。

人は「生かされている」のか「生きる」のかってやつです。

多分、いわゆる「道徳的な人達」が取る立場は「生かされている」でしょうね。

でも、正直どっちが正しいってのはない気がします。

はい、どっちでもいいです

役に立つ方の考え方をとってください!

各々が自分なりに納得してりゃ十分な気がします。

私は生きてようが生かされてようが、本人が快適ならそれで十分だと思ってます。

役に立ちさえすればそれでいい!

人は「生かされているんだ!」なんて決めつける必要ないです。

場合により、自分が快適になるように考え方なんて自由に変えればいいと思ってます。

ええ、決まった考え方なんていらないんです。

一つの考え方に固執すると不自由だし、自己否定につながりますからね。

てなわけで、今回は柔軟に生きれるお手伝いがしたいかなあとややお節介な事考えてます。

もし、あなたが

「生かされているって考えられない私ってとっても悪い人間だ!なんてダメな人間なんだろう!」

て自分を責めているなら、まあ自分のためにも責めるのはやめましょ。

ではでは…既成概念をぶっこわす!

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1、「生きる」と言う言葉の意味

さてさて、生きてるってなあに?

生きてるってなあに?♪

…はい、答え!

テッテレ―♪

辞書的な意味だと以下が「生きる」の意味です。

 人間・動物などが、生命があり活動できる状態にある。生命を保つ。生存する。「百歳まで―・きる」「水だけで―・きる」⇔死ぬ

引用
https://kotobank.jp/word/%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B-431376

なんか、わかるんだけどわからない感じですね。

「結局、おまい同じこというとるやん!」て突っ込みたくなりますね。

ちなみに、「生」という漢字は地面から草が生えた様子が起源です。

はい、「生」という漢字が出来上がる過程を具体的に図示すると以下のようになります。

引用元

http://www1.ttcn.ne.jp/motokazu.K.home/katei/kanjisyoukei.htm

見事に草ですね。

「草はえてて草」て感じでしょうか?

何か語源の図を見ている方がすっきりしません?

辺に頭をこねくり回すより

「あ、何か地面から草が生えてる」

とあるがままの草が「生えている」状態をただ感じる…。

こっちの方がよほど「生きる」という状態を良くあらわしてる気がします。

2、「生きる」はアクセル、「生かされている」はブレーキ

はい、ここからは主観です。

「生きる」はアクセルで「生かされる」はブレーキです。

「生きる」と人が宣言する時、人は「自分の意思を表明」します。

「生かされている」と人が宣言するとき、人は「自分の意思の無力さ」を表明します。

人が「生きる」という時は、「人生は自分の意思で切り開くことができる、切り開いて見せる」という意思があります。

自分を中心にして世界を見る表現です。

人が「生かされている」という時は、「人生は自分よりはるかに大きな力によって操られている、自分の力だけでは人生を変えられない」というある種のあきらめがあります。

他者視点から自分や世界を見る表現です。

「生きる」だけだと人は傲慢になります。

一方、「生かされている」だけだと人は感謝はするでしょうが、人生に対して受動的になります。

ええ、自分の力なんて及ばない何かが全部決めているんですから、あなたが何をしても無駄ですね?

なされるがままが正解ですよね?

だから、「生きる」だけでも「生かされている」だけでもいけないんですね。

どちらか片方しかないと人生で問題がおきます。

まあ、「生かされている」と考えれば、世界に新しいものを生み出せるかはともかく生きれるでしょう。

しかし、文明は進歩せずいつまでも不便なままかもしれませんね。

だから、「生きる」と「生かされる」のバランスが大事なんです。

「生きる」と同時に「生かされる」を意識して傲慢にならないようにバランスを保つ必要があるんです。

まあ、それに感謝は科学的見地からいって健康にいいですからね、感謝しないてはないですよ?

世の中で、ことさら「生かされる」が取りざたされるのはあまりに世の中の人々の多くが「生きる」事ばかりに躍起になっているからでしょうね

3、実際は「ただそこにいるだけ」

「生きる」という状態に関しては、個人的には「ただそこに存在しているだけ」なんだと思っています。

「生かされている」わけでも「生きている」でもなく、ただそこに存在しているだけ。

そして、その存在することにも何の意味もないんです。

人は勝手に世界に意味づけをして「私はこのためにいきているんだ」なんて言っているにすぎません。

人は生き残るために考え方を変えます。

その考え方の変化がその人にとっての世界を作ります。

例えば、

「なぜ、障害や難病を持った状況でうまれてくる人がいるのか?」なんて問いに対して、

「障害や難病を抱える人は自ら選んで生まれてきた。魂のレベルの高い人達だ」

なんて答える人たちがいます。

これは「そう認識することで自分たちの存在に自信をもてる」という側面が大いにあると思っています。

選んできたという科学的証拠はないし証明のしようが無いわけですが、そう思う事によって本人たちが少しでも幸せに生きれるならその考え方は役に立ってます。

だから、何にも問題ないんです、個人レベルでは。

あと、今私が「これがしたいから生きている!」といっていても、時が経ったら別のことをやりたくなるかもしれません。

人間の気持ちなんて変わる可能性があります。

考えを一つに固定化させようとすると、違う事を考えた時に「それはダメだ!」と否定することになります。

自己否定は自尊心を傷つけるのでよろしくないです。

自分の感情を否定せず、あるがままを感じていけばいいんです。

とはいえ、実際の行動は慎重に!

4、生きてる意味?いらねえよ、そんなもん!

はい、少なくとも「自分の生きる絶対的な意味」であればいらないです。

上述しましたが、生きる意味なんて年齢や経験によっていくらでもかわります。

だから、「こうあらねば!」なんて生きる意味はいらないんです。

とはいえ、「生きる意味はなにか?」と自分に問いかけることは、メンタルを安定させる効果があると研究でいわれています。

くわしくはこちら。

ですから、「生きる意味を問い続ける」のがよいでしょうね。

ただし、「生きる意味はこれだ!」とある時わかった気がしても、それはその時の「生きる意味」です。

また、いずれ変わるでしょう。

むしろ変わるからこそいい!

人生には無限の可能性がある!

だから、「今の自分の夢」にも「生きる意味」にもそんなに固執しなくていいんですね。

その時その時、あるがままを感じ必要なものを取っていけばいいってことです。

「絶対的な生きる意味」なんていらねえってばよ!

おわりに

この記事では人は「生きる」のか「生かされてる」のかい、どっちなんだい?て事について述べました。

個人的な結論は、「どっちでもない」でした。

自分が生きやすい考え方すればいいんです。

何かを絶対視してあがめたてまつって生きなくていいんです。

状況と感情に応じて、それこそ水のように柔軟に考えを変化させて、適応していけばいいんです。

固い信念?

いやいや、柔らかく柔軟な信念で快適にいきましょう。

あと、感謝できないことで自分を否定する人がいたら聞いてほしいのです。

感謝ができないのは、まだあなたの心がその段階にないからってことです。

悩むより原因を究明して悩みを解決しましょ。

感謝できない理由についてはこちら。

どんな考えにも縛られなくていいっす。

どうせ、どんな常識も「ありがたい考え」も人間の都合でできたもんです。

状況によってはもろくも崩れ去ったりするんじゃないすかね?

だから、自分に優しく生きましょ。

今この瞬間の自分を信じればそれでいい。

では!

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