身を置く文化によって性格や心の有り様が変わるのはなんでだろう?

「たまに思うんよね、アメリカ人ってなんであんなにハイテンションなん??意味わからん。日本人ってそれと比べるとめっちゃ陰キャだよなあ。こういう違いって文化のせいなん?遺伝のせいなの?」

アメリカ人=ハイテンションはさすがに偏見で草。

まあアメリカの人には外交的な人が多い気はするっちゃするけどね。

どうなんだろね?

オニギリス!

脱マンネリストのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「身を置く文化によって性格や心の有り様が変わるのはなんでだろう?」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

・性格や心の有り様について考察してみたい人
・話のネタが欲しい人等

人間の性格はおよそ半分が遺伝で決まりもう半分近くが環境によって変わるというのが最近の知見であるといいます。

その環境の中には当然その国の文化といったものもありますな。

という事で、今回は一体どんなロジックでもって文化がその国に住む人の性格や心の有り様に影響を与えるのかについて少し探ってまいりたいと思う次第。

では、ゆるりとおおくりします。

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文化的アフォーダンスから見た心の変化

では、まずは心の変化に関して文化的アフォーダンスという概念を用いて考えてみましょうか。

文化的アフォーダンスとは、心理学者の北山忍さんらによって1999年に提唱された文化心理学における概念です。

参考

Culture and the self: Implications for cognition, emotion, and motivation.

北山さんらによると文化的アフォーダンスとは「ある一定の心理傾向や心理プロセスを誘発する文化資源の性質」なのだそうです。

参考

文化心理学と洋の東西の巨視的比較

※アフォーダンスとは、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンにより提唱された「環境側に備わった特性が、環境に身を置く生物に対し潜在的な価値や意味を提供している」という意味の造語。

例えば、椅子には「座れる」とか「荷物を置ける」と言ったアフォーダンスが備わっており、人はこういった行為を椅子によって誘発されていると考えられる。アフォーダンスについて詳しくは以下参照。

ふむ、何とまたこ難しい言い回し、、、。

まあ簡単に言うなら、「文化にはその文化特有の心の有り様を人に抱かせるアフォーダンスがあるよ」ってことなんでしょうね。

例えば、日本に特有の心の有り様と言えば「恥」の概念とか「もったいない」といった概念がありますな。

こういった心の有り様を持つのは、日本文化のアフォーダンスのせいであると考えられます。

わたしたち個人は自分が身を置いている社会の文化のアフォーダンスに導かれ、その文化特有の心の性質を持つようになっていると考えることができるわけですな。

これがもしアメリカで生まれ育っていたりアメリカで長いこと生活していたりすると、アメリカの文化のアフォーダンスによってアメリカ人らしい心の有り様を持つようになるってことでしょう。

進化ゲーム理論から見た心の変化

文化的アフォーダンスという概念は「文化という環境側からの働きかけ」に力点をおいたものでした。

その一方で、心理学者の山岸俊男さんは進化ゲーム理論の立場に立ち、進化論的な意味合いでの「適応」を重視して心の有り様の獲得について考えている模様。

参考

社会的ジレンマにおける集団協力ヒューリスティクスの効果

https://ci.nii.ac.jp/naid/110002785303

山岸さんによると、社会環境の一部を構成する個々人が見せる心理特性といったものは、「個人がその環境で有利に生存していく適応の結果」であるといいます。

そして、そのような心理特性をもった人がそれぞれ行動する事で、それによってまた新たな社会環境が生み出されるとも。

こういった意味においては、「社会環境と個人特性は相互構成関係にある」といえましょう。

かなり言い回しがめんどくさくなってきたので、少し具体的に考えてみましょうか。

例えば、日本人は一般に農耕民族であるといわれていますね。

なぜ日本で農耕が盛んになったかに関しては諸説あるものの、いわゆる縄文時代後期あたりから気候が変動して安定的に狩猟採集ができなくなってきたからという見方があるそうです。

農耕文化にあっては、季節ごとの田植えや稲刈りと言ったものを共同して行なう必要があります。

そのような状況にあってはいわゆる協調性のある人が生存に有利になりますから、必然的にそういった人が増えていき協調的な文化が醸成されていくこととなりましょう。

そういった日本の古代史の概観は、以下の書籍を読んでみるとよくわかるかもしれませんな。

参考

ちなみに、山岸さんは社会環境と個人の両者が均衡状態にある心理特性と社会環境のセット全体を「文化」と呼んでいます。

※ここにいう均衡状態とは、「特定の社会環境下でそれを持つ事が有利に働く心理特性と、人々がその心理特性を持つ事で生み出され維持されている特定の社会環境の間に比較的安定した均衡が存在している状態」を指す。

「社会と個人がお互いに影響を与え合う」といった観点から、その文化に身を置く個人がその文か特有の心の有り様を持つようになるという考えもあります。

そもそも対人関係で性格は変わっていく

冒頭でも言及しましたが、人の性格のおよそ半分は環境によって変わるとされています。

そして、この「環境」とは「その当人を取り巻く人間関係」の事をさすんですね。

ですので、文化的アフォーダンスはロジックとしては面白いものの、やはり個人的には山岸さんらによる適応に焦点を当てた進化ゲーム理論的解釈の方がしっくりくる感じはします。

「文化」と言うと「社会」とか「国」と言った大規模なものを想像しますが、これは「会社」とか「特定の業界」といったものの中にも言えるものです。

そして社会の枠をさらに縮小していくと、「複数の共通の友人同士の関係」みたいなものにまでなりましょう。

「朱に交われば赤くなる」なんて言葉もあるように、人は良くも悪くも他人から影響を受けてその性格等が変容していくものです。

そういう意味では、そもそも「自分がどんな人間になりたいかによって付き合う人は変えるべき」ともいます。

怠惰になりたくなければ勤勉な人たちと交流するようにすればいいし、オシャレになりたければおシャレな人たちと交流すればいいという感じです。

自分の向かいたい方向性に合わせて友人等は選んでいきたいものですね。

おわりに

この記事は「身を置く文化によって性格や心の有り様が変わるのはなんでだろう?」と題しておおくりしました。

今回は文化が心に与える影響について少し考えてみた次第。

まあ、いろんな見方やロジックがあるってことは確かですよねえ。

どれが絶対に正しいとは言えないものの、こういった様々な見方があるという事実やその発想といったものを自分の中にと離婚で思考の幅を増やす事でいろいろと人生の可能性も開けてくる気がしますな。

とりあえず、色々と楽しんで行きたいものです。

では!

参考

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