「親ガチャと子ガチャ」親を恨む子と子を恨む親のどちらも悪くない

「最近親ガチャとかって言葉がはやっているみたいだね。正直いい年して親のせいにするとかなら何考えて生きてきたんだって位飽きれるけど、まあ小さい子供が虐待されてるって話聞くと少しわからんでもない気持ちになるわな。」

いやあ、、まあそりゃあそうだが、別に思うことくらいいいんじゃないかと思うがな。

人間生きてればそんな気持ちになるときくらいあるだろう。

そこに目くじら立てるのもなんだか狭量な気がして仕方ないわ。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「親ガチャと子ガチャ」親を恨む子と子を恨む親のどちらも悪くない」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

親ガチャと子ガチャについて色々と考えてみたい人

最近、親ガチャや子ガチャなんて言葉がネットを中心にはやっているようです。

まあ早い話が「どんな親の下に生れるかは運だよねー。正直、クソみたいな親のところに生まれたら人生おわりっしょ。来世に期待~」みたいな感じの言葉ですな。

それに対して「どんな子供が生まれてくるかって運だよな。出来の悪い子が生まれてきたら悲劇だわ

~」みたいな意味合いを含んだ言葉が子ガチャですな。

正直、「はあ、どっちもどっちやん」と言いたくなる感じの言葉達ですが、個人的にあんまりこういった言葉を使って自身の親や子を糾弾する人達を批判するのは有意義ではないと思ってしまいます。

というのも、本当の問題って「こういった発言をしたくなってしまうような精神状態とそれを生み出している環境」だからです。

何でもかんでも、「お前の責任だろ。人のせいにすんな」みたいな話で終わらせていたら世の中にヘイトばかりが降り積もって何もいい方向にはいかないって気がしているって感じですな。

ま、こういった家庭内の問題においてあまり加害者

と被害者を明確に分けて考えるのは適切だって思えないのですよねえ、、、。

では、ゆるりとおおくりします。

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親ガチャって何なの?

親ガチャとは、「親は自分じゃ選べない」という内容をおもちゃ売り場やソーシャルゲームのガチャになぞらえて表現した俗語です。

まあ、一部「生まれてくる前に子は親を選んで生まれてきた」なんてかなり非論理的な意見をいう人が一分存在するものの、「子供は親を選べない」という事に異論を唱える人は基本的にはいないでしょう。

ですので、この「親ガチャ」という言葉の意味する内容は別に何もおかしなことは言っていないのです。」

しかしこの親ガチャという言葉は、一部の人達により「自分の人生がうまくいかないのは親のせい」みたいな「自分の努力を放棄するための免罪符」として用いられている事から、ネガティブな意味合いを帯びた言葉として認知されてしまっています。

正直、わたしもこの手の言葉の「自分の人生の行く末を親のせいにする」というメンタリティーに関しては、「何をぬかすか。お前の努力不足もあるだろうが」と思うところもなくはないです。

しかし、そうはいっても虐待や育児放棄等を日常的に行う本当にどうしようもないダメ親の下に生まれてしまったがために人生を狂わされてしまった人たちに対して、同じことを思うかと言えばまたそれは違います。

親のせいにして自分の怠惰を棚上げする態度にはなんだか承服しかねるところがありますが、かといって「そう思うのも無理はない」と思うような状況があるのも事実です。

そういう意味では、親ガチャという言葉を言う人を責める、まして人格を糾弾するなんてのは論外なのかもしれません。

一応、親ガチャについての世論をツイッターで少しだけ見た見ておきましょうか。

んー、色々な意見がありますねえ。

子ガチャって何?

子ガチャとは親ガチャとは逆に「親は子供を選べない」と言った意味の俗語になります。

親ガチャという言葉は、往々にして子供側からの「人生が上手くいかないのは親のせいだ」みたいなヘイトが込められた言葉でした。

なのでこんな主張が広まってくると世の親としては面白くないでしょうし、努力して自分の人生を上向きにしてきた人にとっては「寝言は寝て言え」て気分になってくるでしょう。

やはり世の常ではありますが、「白!」という主張が出てきたらバランスをとるように「黒!」と真反対の主張が登場してくるものです。

おそらくそのような経緯で、「親ガチャ」主張派への対抗勢力として台頭してきたのが「子ガチャ」主張派なのでしょう。

確かに、親がいくら一生懸命に育てたからと言って子供が親の期待に沿った育ち方をするとは限りませんよね。

そして、場合によっては何らかの障害があることが後に分かって「子ガチャに外れた」なんて嘆く人もいるでしょう。

これは道徳的にいい悪いの話などではなく、現実に起こっている事であり起こりえる話です。

やはり親側には親側の苦労があるわけですよな。

では、ここで子ガチャについての世論をツイッターで少しだけ見た見ておきましょうか。

ふむ、やっぱり色々な意見がありますねえ。

親ガチャと子ガチャの決定違いと反出生主義

親ガチャと子ガチャという概念は、「本人に選択権がない」という意味では共通していますが、決定的に違う点があります。

それは「親にはそもそも子を産むか産まないかの選択ができた」という点です。

なのでこの産む産まないの選択権があったことをもって、親側に対して「子供に十分な幸せを与えられる目算も立たなかったくせに産むなんて無責任にもほどがある」なんて批判がなされることもしばしばです。

よくやり玉に挙げられる事例としては以下のようなものでしょうか。

  • 貧乏だが子だくさんの家庭に対する子供の将来に対して無責任であるとの批判
  • 両親に障害があってそれが案の定子供に遺伝した場合になされる批判
  • 貧しいのに子供を産もうとする夫婦等に対する批判

また一部には、両親の容姿や能力等が著しく劣っているにもかかわらず子供を設けることに対する批判みたいなものもあるようです。

まあ、例として下品ではありますが、「容姿が非常にブサイクな両親は子供にもブサイクであることの苦しみを引き継がせるな。そんなことは非人道的で許されるべきではない」みたいな話ですな。

ちょっとこれは行きすぎな気がしますが、まあ全く理解できないというわけではありませんねえ。

で、こういった見方をする人たちがいるのを知って、なんだか反出生主義的な主張だなって感じがしましたね。

反出生主義とは端的に言うと、「人は生まれてこない方がいい」とする哲学的な立場です。

子を産むという行為は、その産まれてくる子に苦を強制する非道徳的行為であって許さるべきではないってわけです。

なのでこの立場に立てば、どんなに人生を生きていくのに苦労がないだけの資産と才能を子に提供できたとしても、この先の人生で「苦を全く感じない保証はない」ので厳密にいえば、「もう産んでしまった時点でモラルにもとる行いをしている」と言えるでしょう。

親ガチャ批判を深めていくと、こういった反出生主義的思想に行きつくと思うんですよね。

まあ、いいとか悪いとかそういう事ではなく、ただそれだけですが。

親と子のどっちが悪いとかそんなのどうでもいい事だ

親ガチャとか子ガチャ等と言った言葉が飛び交っていますが、まあ問題の本質はそこではないだろうって思います。

そりゃあ人生思い通りにいかなくてうっぷんがたまっていれば、「親がもっと金持ちなら、、、」とか「良心が美形だったら、、、」、「うちの子の頭が良ければ、、、」みたいに色々と悩むこともあると思うんですな。

確かにそういったヘイトをツイッターやら何やらでやたら世間に拡散させるのには問題を感じないではないですが、やはりそういった思いを持つ事があっても仕方ないですしそれを許容する懐の深さを社会は持っていてほしいって思わずにはいられません。

例えば、「わたし親ガチャに外れた~」とか言っている人に向かって、「いい年して親のせいにするな。お前よりもつらい状況に居てもきちんと生きているやつは沢山いるだろ、甘えるな」みたいないわゆる正論を言う人の存在は少々害悪であると思いますね。

これは子ガチャの場合もしかりです。

わたしは親ガチャとか子ガチャなんていう言葉を使っている人達よりもどちらかと言えば、そういった人たちに「お前が選択したんだろ、自己責任だ」みたいに切って捨てる意見の方が問題だって思うんですな。

確かに人生はままならぬものです。

自分が思った通りに進んだりはしないものですので、時に自暴自棄になって「これは~のせいだ」と言いたくなる時もあるものでしょう。

そんな時に「それは責任の棚上げだろ、お前が悪いんだ」といわゆる正論をそのままにぶつけるのは本人の精神的な回復を考えたら有害極まりないんです。

自殺したいと言っている人に「もっとつらい人もいる」とかいうくらいにナンセンスに思えます。

起こったことを誰かのせいにしても一向に解決しないのは確かで、それは建設的な思考ではありません。

ですから、「起こった結果は自分の努力不足」という基本姿勢を取ることは大事でしょうが、「身を置く環境が悪かった」とか「たまたま事故に巻き込まれた」みたいなことも現にあり得ますので何でもかんでも自己責任で済ませるのはお門違いと言えるでしょう。

性格形成の要因としては、遺伝と環境の比率が半々であるといわれます。

自分の力だけでどうにもならないものの比率は結構なものなんです。

時に嘆くことがあるのも仕方がないと思います。

そういった嘆きの中から立ち上がるには時間もかかるでしょう。

親ガチャとか子ガチャといった事を言っている人がずっとそのまま一生を終えるとは限りません。

途中で、「これではいけない」と思いなおすこともあるでしょう。

そんな「思い直し」がしやすい環境を作っていく方がこういった発言やその発言者の人格を非難する事よりはるかに有益だし人道的だと思うんですな。

親ガチャとか子ガチャとか言っている人たちが悪いというよりも、「そういった事を言っている人たちの今の精神状況がどうしてそうなったのか、その原因を取り除くにはどうしたらいいのか」を分析的に考えていくことが大事という事です。

そして親ガチャとか子ガチャなんて言葉を使われても、おそらくそういった事を言いたがる人は愚痴が言いたいくらいのものなので、基本的にはただ話を聞いてあげるだけでいいと思います。

もっとも、「そんな愚痴聞いていたらクッソ胸くそ悪いんだけど?」て人は、関わらない様に距離をとればいいだけの事です。

別に嫌いだからってタコ殴りにしなくていいわけですし、するべきじゃあないでしょう。

嫌いな人とは棲み分けして関わらなきゃいいんです。

棲み分けは大事ですよ。

おわりに

この記事は「「親ガチャと子ガチャ」親を恨む子と子を恨む親のどちらも悪くない」と題しておおくりしました。

親ガチャと子ガチャという言葉がネット等を中心に最近はやっているようですが、正直「親が悪いのか子が悪いのか」みたいな対立構造でものを考えるのとびかっていは無益です。

問題視しないといけないのは、「どうしてそのような言葉を言わないといけなくなっているのか?」と言った発言者の心理の背景にある本人を取り巻く環境やストレスなどと言った要因です。

「全ては本人のせいだ」という思い込みや決めつけが、さらに世の中を息苦しくし今後ますます親ガチャ子ガチャ論争を激化させる温床になると思います。

「そうか君はそう思うのね」と少し引いて感情を入れずに、冷静に受け止めていきたいものです。

行き過ぎた自己責任論は人を殺すでしょう。

では!

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