ルッキズムをやめたいのなら、具体的にどうしたらいいのか?

「見た目の良し悪しで人の評価が左右されるなんてあってはならないことだよな。、、、、て、わかっているけど、、自分も相手の容姿によってを見評価を変えている気がするなあ、、、。自分もルッキズムに陥っているみたいで嫌だわ。何とかやめたい。」

ふむ、、、まあ思うことは仕方ないんよなあ。

「感じるな!」と言ったところで自動的に心の中のつぶやきは生じ続とめられないんやで。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「ルッキズムをやめたいのなら、具体的にどうしたらいいのか?」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

ルッキズムから脱したい人
・話のネタが欲しい人等

基本的に人は見た目だけでは判断できないものです。

その当人の見た目いかんにかかわらず、その行為は公平かつ客観的に評価されるべきなのは当然のことですな。

その人の容姿が整っているか否かによって、その人の行いの結果に対する評価が変動するなんてことがあっては非常に理不尽ですね。

、、、そんなことはきっと誰でも常識的な人ならわかっているはずです。

しかし、実際には「この美形やなあ」みたいに思うと、知らず知らずのうちにひいきしてしまったりするものですよな。

まあ、「思うものは仕方がない」です。

「何を見てまず何を思うか」は正直、誰にも制御できませんしそれを制御しようとしてもただ罪悪感に悩まされるだけでどうにもなりません。

「じゃあ、もうルッキズムは本能だって事で肯定するしかないのか?」と思う人もいるでしょうが、心配ありませんよ。

「何を思うか」は制御できずとも、その受け止め方等を修正することでルッキズムからは脱することができると思います。

今回はわたしが日ごろから行っている認知の修正法について述べてみたいと思う次第。

ルッキズムをやめたい人は参考にしてみてくださいな。

では、ゆるりとおおくりします。

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何であれ考えている分には問題はない

美人やイケメンと言った容姿のいい人に対して人間が寛容になりがちなのは、モラル性の問題というよりはもはや本能的な問題です。

ある研究では、いわゆるイケメンや美人と言った容姿の整った人の写真を繰り返し見ると、脳の辺縁上回と上側頭回という部分が活性化し普通くらいの容姿の人の場合は中等前回という部分が活性化したといいます。

参考

Repeated exposure makes attractive faces more attractive: Neural responses in facial attractiveness judgement

Han et al., "Repeated exposure makes attractive faces more attractive: Neural responses in facial attractiveness judgement", Neuropsychologia, 139. 2020.

※ここでいう容姿は顔のバランスのみならず肌のきれいさなどの要素を含んでいる。

で、これは容姿がいい人の写真を繰り返し見せた場合感情が変化し、普通の容姿の人の写真を繰り返し見せた場合は顔の認識速度が上がっていったという事を意味しております。

なので、容姿端麗な人に飽きることはなく見れば見るほど魅了されるといった事が起こってしまうってことになりますな。

思考を止めるな!てか止まらないものは止めようとするな!

上述のようにもはや脳レベルで反応が違うので、「容姿がいい人を何となく優遇したい気がしてしまう事それ自体」は仕方がない事なんですね。

ただそのように思うの、その思いを実際に行動に反映させるのでは全然次元が違います。

実際に行動に反映させるならともかく、思ってしまう事には罪などありません。

別にわたしはキリストさんほどきつくないので、「おまえ!今あたまんなかでエロイこと考えたやろ?もうそれ実際にやったんと同じやで!」みたいなことは言いません。

どんなことも、思うこと自体はしょうがないです。

それを止めることはできません。

むしろ、このような本能的に生じる感情に対して、「こんな事を思ってはいけない!」みたいに考えを抑え込もうとすると逆効果です。

自然と生じる気持ちを抑え込もうとすると、かえってそれを強く意識してしまうことになります。

なので、そういった自然に生じる考えは「あー、今自分は~と思ってんなあ~」等とそのままに放っておくのが一番です。

思った事の内容を否定も肯定もせず、ただただ「~だと今自分は思っているんだな」と認識するだけにとどめておけばいいのですな。

このように気付くことさえできれば、少し認知が修正されるものです。

詳しくは以下の記事の脱フュージョンの箇所を参照くだされ。

極と極の狭間をとれ!

上述のように、「今自分は~と言った感情を感じているな」と認識できさえすればある程度思考はフラットになるものです。

しかし、ここからはさらに進んで積極的に認知を修正する方法について提案させていただきましょうか。

これはわたしが日常でよく使っている方法になります。

手法としては、おそらく認知療法の流れの延長線上にあると考えていいのかな?

ちょっと、分からんけど。

まあ、それはいいとして以下が日頃からわたしが使っている具体的なルッキズムに陥らないための方法です。

ある行為について「何となく美人やイケメンだから許せるかも、、、」と思ったら逆に「これがブサいくだったら、、、」等と想像してみる。

※行為者がブサイクの場合は、逆の場合として行為者がイケメンや美人の場合を想定する

両方の場合に感じた結論の丁度中間あたりが適当である可能性があると考える

実際、内容的に同じ行動であっても誰が行うかによって結論が180度変わることってありませんか?

その様に相手の容姿によって結論が変わる場合は、「容姿の良かった場合と悪かった場合のちょうど中間点くらいの評価が適切である可能性がある」と思うんですね。

以前なんかの記事でわたしが言及した「極論に極論をぶつけて中和してその中間地点をとる」って方法ですな。

こういった修正をかけていかないと、あの市橋達也のような凶悪犯を支持するファンみたいな思考に陥ってしまうでしょう。

容姿と事の是非や業績の評価はきちんと分離させねばいけませんぞ。

おわりに

この記事は「ルッキズムをやめたいのなら、具体的にどうしたらいいのか?」と題しておおくりしました。

人の見た目によって感じ方が違うのは仕方がありません。

これはもはや本能的なものです。

しかし本能だからと言って、「まあルッキズムなんてシャーないやん」と言い切ってしまうのはあまりに芸がないですな。

そこで、まずは「ルッキズムに自分は陥っているかもしれない」という気付きを通して認知をフラットにしましょう。

また、行為の主体の容姿を逆転させて比較するのもダメ押しの一手としては有効なんじゃないかと思いますね。

ま、ルッキズムに陥らないように注意していきたいものです。

では!

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