「自分より不幸な人はたくさんいる」、、、で?だからどうしたのって話

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

・自分よりも不幸な人を見ては安心してしまう自分に嫌気がさしている人
・下を見て安心する人間に軽蔑の感情を持っている人
・話しのネタが欲しい人等

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「自分より不幸な人はたくさんいる」、、、で?だからどうしたのって話」という話です。

結構な人がついつい元気がなくなった時に、自分よりも恵まれない人と自分を比べて「まあ、あいつらよりましだしまあ自分はまだ平気だよな」なんて事をしがちでしょう。

正直、わたしだって本当にたまにそんな気分になるので、分からないわけではありません。

でも、同じ経験者として言わせてもらうと、「そんな事している時間がそもそも無駄」なんですよね。

もちろん、「絶対やってはいけない」なんていうつもりはありません。

人間だもの。

ただ、「行う頻度はとにかく減らす」のは徹底していきたいものです。

ここで一瞬だけ宣伝?ですが、「悩みがあんよなー」て人も「ただ誰かに愚痴を言いたいねん!」て人も悩みが重症化する前に頭をクリアにしてみませんか?

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では、ゆるりとおおくりします。

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自分より不幸な人を意識すると少し気が楽になるのは確かである

そもそも、自分より恵まれない人を見て安心してしまうのは人の心理として当たり前の現象です。

人に「環境への適応のため」に備わっている「比較の能力」の効果と言えます。

※心理学の用語を使うなら、自分より恵まれない人と自分を比較することは「下方比較」という。特に、自分よりも美点が多いと思っていた人が自分より不幸になると気分がよくなる傾向にある。

なので、「自分は他人の不幸を見て気分がましになっている、、、なんて人間性の低いクズなのか、、、」等と自責の念を感じている人は、自責の念を持つこと自体をやめて下さい。

「今、わたしは恵まれない他人と自分を比較して安心してしまっているな」と現状をただただ認めれ場いいだけです。

「気付いてそれを認める」のが重要なだけですよ。

そこに非難などいらないのです。

より不幸な他人と自分を比較するのは最後の手段!

「自分より他人な他人と自分を比較して気分良くなってしまうのは本能的なものであり仕方がない」というのは確かです。

しかし、「それを行って気分良くなること自体は人生にとって有益か?」という点には十分に気をつけるべきでしょう。

「不幸な他人と自分を比較して気分良くなる」のは「精神力を回復するための最終手段である」という事には気をつけるべきです。

例えば、下ばかり見て安心していると以下の様な害があるでしょう。

  • 一向に努力をしなくなる
  • 自分より不幸な他人に対して過度に攻撃的になる可能性がある
  • 歪んだ優越感を持ち傲慢になる

上記の様な状態になっては、良好な人間関係はもとより仕事面での成長も期待できなくなるので、「自分よりも不幸な他人と自分を比較して悦に入る」のはお勧めできません。

これが唯一許容できる場面は、

「もう自分に自信がなくて全く何もやる気力がない」

という気力が底をついている状態です。

自動車でいうなら、「バッテリーにエンジンを起動するだけの電気すらない状態」ですね。

こんな状態で、「他人は他人、自分は自分だ!」とか「ただ自分がすべきことをすればいいんだ!」なんて言ってみたところで何もできません。

まずは、「努力というエンジンを起動するだけのエネルギーを注入する」必要があるんですね。

「他人と自分を比較する」のは、そういった「エンジンを起動する場面」ではかなり有効です。

いつもいつまでも、下を見るのは絶対NGですが努力する気力すらない時に限っては有用なのでちゅうちょなく使っていいといえます。

自分より不幸な人と自分を比べる地獄から抜け出す方法

上述したように、自分よりも不幸な他人と自分を比較して安心していいのは「自分に自信がなく全く何もやる気力がない」時に限ってでした。

不幸な他人と自分を比較して悦に入っても、そもそもあまり生産性がないんですよね。

ただ、これは単なる理想論でしかないとも言えます。

他人の不幸を見て悦に入るという行為には、強い中毒性があるので中々やめられなくなるのです。

※そもそも、これは「気分がよくなる行動全般に対して言える事」。目の前の問題からの逃避として快楽をむさぼると往々にして依存症的になる。

でも上述したように、下ばかり見ていると人間性はゆがむし向上心もなくなるしでまるでいい事がありません。

なので、「下を見る頻度を下げていく」事が必要です。

最近、心理学分野に置いて、「人は本能のままに行動すると結果的に不幸になる」という話がかなりなされているわけですが、他人の不幸を見て安心するのもその一例と言えるでしょう。

幸せを感じていくためにも他者の不幸を見て悦に入るようなことは慎んだほうが賢明です。

なお、下を見る頻度を下げるには以下のようなことが有効だと考えられます。

おそらくこの4つをシッカリと行えば、いちいち下を見て悦に入ることは激減するでしょう。

特に重要なのは、最初の「自分が人生において大事にしたいと思う価値を見つけそれに沿って行動する」という事です。

下を見て安心したくなるのは、結局のところ「自分自身に対する自信のなさ」や「自分の人生における不満足さ」に起因すると考えられます。

しかし自分自身が人生において大事にしたいものを見つけそれに基づいた行動をとっていく事で、自然と自尊心や人生に対する満足度が向上していくので不幸な他人を見て安心しようという気がうせていくのです。

「下を見て安心する癖を直したい」と思うのなら、「自分が一体何を大事にしたいと思っているのか」をシッカリと認識することから始めるといいでしょう。

詳細は以下の記事からどうぞ。

おわりに

この記事は「「自分より不幸な人はたくさんいる」、、、で?だからどうしたのって話」と題しておおくりしました。

自分よりも不幸な他人と自分を比べて安心してしまうのは、本能レベルの話なのでもう誰が悪いとかいう話ではありません。

なので、自責の念を持つ必要ないでしょう。

ただただ、「自分は今何をしてしまっているか」についてきちんと気づくことが重要です。

ただ、不幸な他人と自分を比較して安心感を得るのは

「自分に自信がなく全く何もやる気力がない」様なときのみ。

基本的には、「誰もとも比べず自分は自分」と割り切って努力をするだけで十分です。

下を見る頻度を下げるためにも、まずは自分の大事にしたいものをはっきりさせましょう。

では!

参考記事等

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