利他的な人は嫌われる?人のための行動もほどほどに。人は比較する生き物だ。
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「世の中って本当理不尽だなあ、、、、。一般社会も政界も人のために自分を犠牲にしてでも尽くすような利他主義者って何かと排除されたり、目の敵にされる気がする、、、。本来なら称賛されてしかるべきだろうに、、、。なんかなあ。」

まあね、そんなもんよね。

オニギリス!

脱マンネリストのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「利他的な人は嫌われてしまうのか?」という話です。

はい、「利他的だと嫌われる」なんて結構人によっては衝撃的かもしれないですね。

まあ早い話、「利他的な人が嫌われる」のは「誰かが誰かに対して行った利他的行動がその人の所属する集団内の他の構成員にとっては損害になる」って話なのよね。

利他的な行動をとっても嫌われないためには相手の利益も考えないとね。

ウィンウィンが一番!!

では、ゆるりとおおくりします。

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利他的な人は嫌われる?

普通の感覚からすると、「利他的な人が煙たがられる」なんて信じられないでしょう。

利己的な人が嫌われるっていうなら、おそらく大勢の人がもろ手を挙げて賛成するでしょうけど。

しかし、社会心理学の研究には「利他的な人が集団から追放されてしまう傾向がある」とするものがあるんです。

それが以下のワシントン大学の研究になります。

参考

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20658845

この論文にて指摘されている「利他的な人が嫌われる理由」とされるのは以下のようなものです。

  • 利他的な人は自分を「悪く見えるようにする」
  • あまりに利他的だと何か裏があると思う(また、ルール違反を犯していると思う)

はい、まさしく理不尽ってやつですな。

この実験では心理学専攻の学生を被験者にして、他の4人の学生とともにンピューターネットワークを介したゲームをプレイしてもらいました。

ただ、この4人の学生は実際にはプログラムだったので、実質は学生が一人でプログラム相手にプレイしているという構図になるんですね。

このゲームの概要は以下の通り。

  • 実在、架空のプレイヤーともにそれぞれに1ラウンド毎にポイントの貯えが与えられる
  • ポイントは手元に残しても、チーム共有財産として提供してもいい
  • チームに提供したポイントは2倍になる
  • 参加者たちはその後、他の4人から供出されたポイントから4分の1までを引きだし個人の貯えに加算される旨を説明される
  • 参加者達は共有財産にポイントを残すとグループ全体にボーナス点が付くと説明された上で、引き出すポイントを4分の1未満に抑えることを推奨された
  • ボーナス点の詳細は語られない
  • ゲーム終了時、ポイントは実際の商品券に交換できる

この実験の中で、利己的なプレイヤーはポイントを一切供出せずにもらうだけ、一方利他的プレイヤーは自分はほとんど受け取らないのにチームに多額のポイントを供出したといいます。

そして、ゲーム終了時に学生たちはどのプレイヤーと一緒にプレイしたくないかと聞かれたんですね。

この結果、参加者のほとんどが利己的なプレイヤーとはプレイしたくないと解答したんですね。

まあ、これは当たりまえ。

ですが、参加者の多くが利他的なプレイヤーとも一緒にプレイしたくないと回答したというから驚きです。

その理由が上記にあげたように「自分が悪く見える」とか「あの人はルール違反をしている」というようなものでした。

もし、利他的にふるまわないなら他の人から見て「あいつは利己的な奴」とレッテルを張られかねないんですね。

言ってみれば、利他的すぎる人がいると「自分が相対的に利己的」になってしまうので嫌な気分になるんです。

また、罪悪感もあるでしょう。

そして、普通の感覚の人からすると「自分が全く得をしないのに相手に尽くす」ことは異常だと思うでしょう。

大概の人は自分が受ける利益と与える利益のバランスを取ろうとする(こういう人をマッチャ―という)ので、過度に利他的な人を見ると「こいつ何か企んでいるな?」と思う傾向があるといえるでしょう。

またルール違反といえば、組織の統制ということを考えた場合は他人の不幸を黙殺することもやむを得ないことがあり得ます。

例えばですが、お金がないからその日食べるものもないというホームレスに、コンビニの店長が消費期限切れで処分する予定のオニギリをあげるということはあってはならないことです。

いかに人道的であってもダメです。

もし、これを行ってホームレスの人が食あたりになったり、確率は少ないとしてもそれがもとで落命でもしようものなら法的に処罰の対象になりえ、企業自体のブランドイメージの毀損にもなります。

そして、その毀損が企業の構成員に降りかかり不利益を受けます。

そんなことをされては構成員からしたら迷惑極まるでしょう。

例えが適当かはわかりませんが、過度に利他的な行動は集団にあっては許されない場合もあるのです。

「利他的すぎる人はこのような類のルール違反を犯している」と想像する人が結構いるのではないでしょうか?

まあ、初めから集団で利他的なことを行うとしていればいいのでしょうがね。

利他的なほうが異性としては魅力的

上記の場合は、集団における心理でした。

今度は個人単位で考えてみましょう。

まず脳科学的な視点から見ると、人は利他的な行動をとると快感を感じるとされています。

また、「情けは人の為ならず」なんて言葉もありますがそれはその通りで、利他的行動をすることでストレスの低減効果が見込めたり逆境にも強くなれたりします

参考記事等

そして、利他的行動をとる人は男女問わず異性から見て魅力的であることに間違いはないです。

事実、それを裏付ける研究も存在しておりますしね。

参考

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18817596

そもそも、利他的な人が嫌悪の対象になるのなら、これまでの進化の過程で淘汰されてしまって現在生き残ってなどいないはずです。

まあ女性の場合、育児にかかる膨大な労力とリスクを考えたら利己的な人とは一緒になりたくないでしょうしねえ。

少なくとも、個人単位では利他的な人の方が魅力的であることに間違いはないって言えるでしょうね。

政治家の中でも起こっている気がする利他的は人の排除

政治家なんて基本的には、これまで権力闘争を繰り返してきた歴史からしても、まあ利己的人間たちのいい見本といって差し支えないでしょうね。

ただ、そんな魑魅魍魎の魔窟にあって利他的精神を貫いた人も存在します。

例えば、市川房枝さんという国会議員をご存じでしょうか?

市川房枝さんは平塚らいてうさんと共に「新婦人協会」を結成したり、生涯を通じて平和活動や汚職政治撲滅に身をささげた人です。

参考

公益財団法人市川房枝記念会女性と政治センター

市川房枝さんの暮らしぶりは「とにかく質素であった」といいます。

参考

https://www.eonet.ne.jp/~m-hirose/ijinden/5gatu/0515.htm

少なくとも国会議員なのだから、それなりの暮らしもしようと思えばできたでしょうに。

わたしはこんな感じの政治家をあんまり知らないので(しいて言うなら、ホセムヒカさんくらいかな?)、いろんな意味で貴重だと思っています。

でも、彼女が現在メディアで「素晴らしい」なんて報道されているでしょうか?

まあ、多分報道されてないし、これからもされないかもしれませんね。

だって、こんな質素を旨とし、また理念を貫いた人を世の中の多くの人に知られては、多くの政治家は気分がよろしくないでしょうからね。

ま、利他的すぎると目障りになるってことです。

個人的には市川房枝さんの生きざまはかっこいいと思いますけどね。

本当に悪い奴はいい顔して利用する

上述したように、普通の人は「自分が悪く見える」と思って利他的な人が疎ましくなります。

し、か、し、しかし!

サイコパスみたいな超利己的な奴は「お!これはいいカモだ!」と大喜びしますね。

サイコパスは利他的な人に自分からいい人のふりをして近づいて行って、自分の利益のために利他的な人を使い倒そうとします。

そんで、利用価値がなくなったら集団でいじめたり心理的に攻撃を加えて精神を破壊させて放逐しようとするかもしれません。

職場にサイコパスがいたら、気を付けないといけませんね。

もちろん、普通の人もね。

参考記事等

結局、利己的利他主義でいいんんじゃないか?

個人的には、利己的利他主義という考えを持てば、利他と利己のバランスが取れると考えています。

これは「自分もプラスになるし相手もプラスになるから行動する」という考えです。

はい、ここで勘違いしてほしくないのは「プラス」が経済的利得に限らないということ。

感情における「快」もプラスの一種なんです(むしろ、それこそが本体)。

なので、「自分は人の笑顔を見るのが好きだから人に親切にする」というのも利己的利他主義に立脚した行動といえます。

ただ、この際に「相手の意向を無視した一方的な態度にならないようにする」ということや「たとえ、自分が想定する反応を相手がしてくれずともそれはあきらめる」ということが大事でしょう。

見返りを期待しないのが大事であって、もし帰ってこなくても「まあ、この失敗を次に生かそう」と前向きに考えるのがいいと思います。

まあ言ってみれば投資です、将来に対するね。

この考えはそんなに的外れでもないと思っています。

心理学者のアダムグラントさんによる「他者に惜しみなく与える人は成功する」という話もあるくらいですからね。

ただし、重要なのは自己犠牲をしてはいけないということ。

自己犠牲をしてまで他人に尽くす人は社会の最底辺へおちていきます。

「お人好しは地獄へ落ちる」のです。

参考記事等

そして、「利他的な人は嫌われる傾向がある」

ということを聞いて

「正しく生きようとする人が迫害されるなんて!」と嘆息する人はいるかもしれません。

しかし、何をもって正しいのか?

もう、「生物としてその傾向にある」ということがある程度明らかなら、その事実がいくら理想論から離れていたところで認めざるを得ません。

例えば、サイコパスはバリバリの利己主義者ですが、全く淘汰されていません。

淘汰されていないということは、「人類にとって何らかの必要性があるから」でしょう。

それを「道徳的に、、、」なんていったところで、何になりましょうか?

もう、「不毛」の2文字です。

無意味。

参考記事等

ですから、理想論を排してもっと人間を「生物としてどうか?」という視点から考えるべきでしょう。

そのうえで、社会の在り方等から「人の生物としての傾向をどのように調整して、社会全体でバランスをとるか」と考えたほうがいいかもしれません。

それに大方の人間は上述したように、「利己的でもあり利他的でもある」のです。

白か黒かなんて言う単純な思考回路でどうこうできません。

人を陰キャと陽キャに分けるほどくだらない考えだと個人的には思っていますね。

参考記事等

ただ、上記の研究から一つ言えるのは「善行をどうしても行いたいなら理由を明確にして公言する」とか「人に隠れて絶対に知られないようにする」ということでしょうね。

これなら集団において、嫌悪の対象にされにくいはずです。

ただし、心理学的には「知られないで行う善行には外的な意味での益は何らない」ということがあります。

基本的に、知られず行う善行は自己満足です。

ま、そんなこと言ったらいろんな行動が自己満足にすぎないけどね、、、、。

おわりに

この記事では「利他的な人は嫌われてしまうのか?」と題しておおくりしました。

利他的な人が集団において嫌われてしまうのは以下のような理由からでした。

  • 利他的な人は自分を「悪く見えるようにする」
  • あまりに利他的だと何か裏があると思う(また、ルール違反を犯していると思う)

しかし、個人的な立場でいうなら、利他的であることは男女とわず魅力の向上につながりました。

なので結局、利他的になることは大事だけど「利他的すぎてはいけない」ということになるでしょう。

まあ、過ぎたるは何たらってやつですねえ。

利他的な人っていい人(本当の意味でね)なんだけどね。

でもまあ、そういう結果が示唆されている以上それは仕方ないです。

それを踏まえたうえで、お互い各自どう行動するか考えてまいりましょう。

では!

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