ありのままを受け入れるの「受け入れる」って一体どういうことなの?

「最近、自己肯定感を高めるためには~みたいな話よく聞くけども、そもそも「ありのままを受け入れる」ってどういうことなん?受け入れてしまったら、もうそこで成長が止まってしまいそうじゃない?だって、成長にはハングリー精神が大事って。わたしは受け入れちゃったらおわりな気がする。」

んー、よくある勘違いやね。

ちゃんうよ、「受け入れる」とは雑な言い方すると、その後の自己成長のためにやることなんよ。

成長を放棄する事とはちゃうねん。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「ありのままを受け入れるの「受け入れる」って一体どういうことなの?」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

受け入れるとかありのままを認めるという事の本質的な意味について気になる人
・話しのネタが欲しい人等

あなたは「受け入れる」という言葉にどういった印象を持っているでしょうか?

おそらく多くの人は、「現状の自分の至らなさを認める」とか「あきらめて妥協する」と言った比較的ネガティブな意味合いの言葉と解釈しているのかなって思います。

確かにそのように解釈もできるとは思いますが、「受け入れる」という行為の機能などに着目すると「何のためにそもそも受け入れる必要があるのか?」という疑問がわいてきますね。

今回は受け入れるとか認めるといったの本質的に迫っていきたいと思う次第。

では、ゆるりとおおくりします。

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一般的に受け入れるとはどういう意味で使われているか?

まずは、「受け入れる」という言葉が一般にどういった意味で使われるかについて確認してみましょうか。

断言はできないものの、世間一般に「受け入れる」とか「認める」という言葉は、どこか「あきらめる」とか「耐え忍ぶこと」と言ったネガティブな意味合いを含んで用いられている気がします。

例えば、「この世界に理不尽があることを受け入れる」というフレーズがあるとき、この文脈で受け入れるという言葉は、「理不尽があるのは仕方がないとあきらめて耐え忍ぶ」みたいな感じにとられるかと思うんです。

この理不尽の例としては職場のろくでもないクソ上司だったり地震や津波などの天災等があるかもしれません。

この世界には人の手ではどうしようもない様な事象が沢山存在していますから、そういった事象に対して「ああ!こんな制御できないもの存在しなければいのに!!」等と怒っても実に無駄というか徒労です。

そういった「自分の力ではいかんともしがたい事」に直面したときに、その状況を「受け入れる」、つまり「もう自分の力ではどうしようもないものであるとあきらめる」事でこれ以上無駄な労力を割かないで済むというわけです。

しかし、このような「受け入れる」では現状を何もかえられないばかりか場合にによっては、「自分が追い詰められてどうにもならなくなる」なんてこともありますね。

例えば、ブラックな職場で思考停止してずっと奴隷的な労働環境でひたすら働き続けていたら、過労で命を落とす事にもなるかもしれませんわな。

これが例として適切であるかは別として、受け入れるという事を単に「現状を変えられないとあきらめる」のように解釈するのは危険だといえるでしょう。

受け入れる、認めるは諦めてしまう事ではない

上述しましたように、「受け入れる」というのは「ただ諦めるとか耐え忍ぶなんて意味合いではない」と言えます。

間違っても、「座して死を待つ」なんてことではありません。

そもそも、わたしたちは耐え忍ぶにせよある程度あきらめるにせよ、なぜそうするのでしょうか?

この観点が大事です。

人間の行動には意識するしないを問わずすべて目的があるものですから、「受け入れる」のは少なくとも何かの目的のために有効なのです。

「受け入れる事」が単に「耐えるだけ」、「あきらめるだけ」だったとしたら少なくとも何かポジティブな事柄に関しては有効に作用しないでしょう。

では、何のために「受け入れるのか」と言ったら、「自分がなりたい自分になるため」とか「自分が望ましいと思う方向へ向かうため」ではないかと思います。

アクセプタンス&コミットメントセラピー流に言うなら、「受け入れる」とは「アクセプタンス」というものです。

受け入れることは決して妥協や諦めなどではなく、「自分の現状をよく感じとり自分が向かいたいと願う方向へどうやって向かうか自らの意思で選択させる契機を与える行為」といえるでしょう。

例えば、過去のいじめ経験により人が怖くなって誰とも親密にかかわりたくないと思う人が本当は、心の底で「誰か信頼できる友人が欲しい」とねがっていたなら、人を避け続けることは当人の願いに対して決して有効ではありませんね。

苦痛を回避するという意味では有効ではありますが。

親しくなることを恐れずに「自分の願いの方向へ向かいたいからあえて飛び込んでいく」ことでしか、望みはかなわないのです。

願う方向へ向かうのに有効なら、あえてネガティブ感情を感じてもそこへ飛び込む必要があるのですな。

回避だけしていても一向に望ましい状況は訪れませんから。

とはいえ、その人は誰かと交流を重ねて親しくなるうちにパニックになるかもしれませんし、ならないかもしれません。

そう、「あえて願いのために有効だからとネガティブ感情と一緒に居ることを受け入れてもそれで何が起こるかは全く誰にも予想できない」という事です。

でも、受け入れる事なくして願う方向には進めません。

相も変わらず、自分の心の中の願いの方角を指ししめす方位磁針は何かしらの方角を指し示し続けているのです。

受け入れるとは、自らの意思と選択に基づきそれによって生じる不快な感情も「願いのためには必然に生じる副産物や勝手につい来るお供」として別に歓迎はしないけども「そういうやつもいる」くらいに心の空きスペースにおいてやって放っておくという心境しょうか。

なんどもいいますが、受け入れるのは「願う方向へ向かうため」なのです。

現状、願う方向へ進むのに有効でない方法をとっているのなら、それがいかに自分の願いに対して無力であるかを気づき他の手立てを模索しないとけません。

そうでなければ、一生もがき続けて浪費するだけの人生です。

たとえていうなら海で遭難した際に、海上に浮かぶ蜃気楼めがけてクロールしても体力が尽きて死んでしまうだけと言った感じですね。

おそらくこのような場合に助かりたければ、体力温存をしつつ近くを舟やヘリ等が通りかかるのを待つといった手が有効なのかもしれません。

受け入れることで、自分の今の気持ちや現在位置といったものをより正確に把握しどうやってここから方向を変えるかが見えてくるんです。

なので、自分が辛いとか悲しいと思うときにはその感情をよく圧することなく、ただただ「自分は~といった風に悲しい、つらい」と認識してその感情をその感情のままに受け止めていく事が大事という事ですな。

ネガティブ感情を感じることは自然な事なので、そういった自然な感情はそのままにするのが一番。

そこに変に「押さえつけよう」とか「感じない様にしよう」と言った思考を持ち込むと、いざ感じたときに「ああ、また感じてしまった」とか「感情を抑えきれない!なんて自分は無力なんだ」等の様な二次被害的苦痛というか余計な苦しみが増えます。

言ってみれば、自然に感じる痛みは「綺麗な痛み」で抑圧や回避しようとしたことで生じる二次被害的な痛みは「汚い痛み」と言った感じですかね。

綺麗な痛みはそのままに感じることで、汚ない痛みをかなり少なく済ませることができるんですな。

このように生じる痛みに対してありのままを感じられるようになると、痛みにとらわれることがなくなってきて真の意味で自由な人生を得られるのかもしれません。

おそらくですが、反出生主義者にはこの手の考えが足らない、、、なんて思ったりしますねえ。

知らんけど。

おわりに


この記事は「ありのままを受け入れるの「受け入れる」って一体どういうことなの?」と題しておおくりしました。

受け入れる、とは決して「どうしようもないとただ諦める」とか「ただ耐え忍ぶ」という事を意味してはいません。

受け入れるのが必要なのは、「自分の願う方向へ向かうために有効かどうかをシッカリと見定めるため」です。

もし、願う方向へ向かう際にネガティブ感情を経験しなくてはいけなかったとしても、願う方向へ向かいたいのなら「あえて痛みを進んで自分の意思で」取る必要があります。

その際に、何が起こるかは誰にもわかりませんが、向かわなければじり貧になるのなら向かうしかないのです。

もちろん、無理のない範囲からという事でしょうが。

まあ、何事も自分の意思でっていうのが大事ですね。

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ま、気になったら自宅に迎えてあげてくださいな。

では!

参考

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