偏見や差別、決めつけの度合いは知性の高低と関係ある?他人事じゃない。
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「なんか最近、思うんだよね。社会を見渡すと信じられないくらいに偏見とか差別があふれているね、、、。本当、理解できないくらいに決めつけが激しい人もいて正直意味が分かんない。例えば、人種差別とかさ、、、なんで、あんなに決めつけの激しい人がいるわけ?どうしてあんなに自信満々に決めつけられるの?もうさ、ただ感情的になっているだけっていうか、他の可能性を考えられないの?言っちゃ悪いけどさ、、、頭が悪いのかなって思うよ。」

うん、そうだねえ、、、何にだっていろんな側面があるね。

決めつけは自分の可能性を奪うこうなんだよねえ。

オニギリス!

脱マンネリストのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「偏見や差別、決めつけの度合いと知性の高低との関係性」についてです。

今回は以下の様な方に向けておおくりします。

  • 偏見や差別、決めつけが強い人の知性がどのくらいが知りたい人
  • 偏見や差別から解放される方法が知りたい人

先に結論からいっておくと「知性が高いほど違いに寛容」という研究結果が出ています。

あなたはどうでしょうか?

違いに寛容ですか?

なお、当記事では知性を「認知能力と情報処理速度」としてとらえることといたします。

では、ゆるりとおおくりします。

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1、差別主義は知性の問題?

はい、結論からいいます。

以下の要素を持っている人は知性、具体的には認知能力が低いです。

  • 差別主義的である
  • 偏見が強い
  • 決めつけが強い

これは以下の論文による結果です。

https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0956797611421206

この研究はメタ分析によるものなので、その結論にはかなりの妥当性があると言えます。

なにせ、メタ分析とはこれまでの研究結果の総決算のようなものですからね(とはいえ、絶対ではないけどね)。

精度という点ではかなりのものといっていいでしょう。

じつは、心理学の世界では差別は知性の低さによって引き起こされているのではないか? と昔から言われていました。

多くのデータにより差別主主義者の知性は低い確立が非常に高く、偏見や人種差別、決めつけが知性の低さと関連していると、上記研究は結論しています。

また、ある研究に10歳の子供の認知機能及び情報処理速度等を計測して20年後に再テストを行ったというものがあります。

この結果、10歳の時にスコアが低かった子供ほど成人した時に人種や性に対する差別、強い偏見をもつ人になりやすいと判明しました。

つまり、差別主義の原因は知性の低さにあると言えそうです。

もっとも、知性を認知機能や情処理能力ととらえればの話ですがね。

まあ、もしかしたら反論の余地はあるのかもですね。

だからと言って、差別主義者を擁護することは一切できないし、しませんがね。

「わたしは差別するやつを差別する!」という事は別にしなくてよいでしょう。

もっとも、差別を助長する風潮を許すわけにはいきませんがね。

ただ、一つ付言しておくと幼少期の家庭環境の関係で満足な教育が受けられなかったということもあるかもしれません。

この場合に本人を責めるのは違う気もします。

一方で、資産家で差別主義だったら、、、まあ、お察しですね(笑)。

2、決めつけられるほど世界は単純じゃない

まあ、ここまでの話の流れだけみると差別主義的だったり偏見が強い原因として「幼少期の知性が決定打」のようにおもわれますが、、、さて、本当にそうでしょうか?

これは誰でも油断していると陥ることなのではないでしょうか?

そう、「誰だってなる可能性がある」と考えられます。

知性が低いと「決めつけが多くなってしまう」というのは、「複雑な物事を分析しにくいから」です。

実際の世界は複雑です。

全く単純ではありません。

わたし達の想像の限界を軽々と越えてきます。

まさしく、詩人バイロンの言、「事実は小説より奇なり」の通りといったところ。

例えば、国民性の問題などではアメリカの人が全員陽気な人ばかりではないし、日本人全てが慎重なわけではありません。

また、どこの国にもモラル意識のある人とない人がいます。

そもそも「この国の人はこういうものだ」などという決めつけはおかしいんです。

これは職業等についても言えますね。

例えば、医師だからとか弁護士だからとか、派遣だから正社員だからとか、、、これではくくりが大きすぎます。

「その人個人としてどうなのか?」という視点は必須と言えます。

言い方に語弊があるかもしれませんが、この世界に本当の意味での「善悪」などあるでしょうか?

わたしにはとてもあるようには思えません。

どのような正義もただの立場の違いに過ぎないではないでしょうか?

そう考えたら、「これこそが正しい!」なんてものは存在しないと言えます。

ならば、もっと柔軟に物を考えて、いつも「これで正しいのか?もっと、他の可能性はないのか?」と思索して当然とおもいます。

たしかに、決めつけたりすれば思考の省力化になり楽です。

でも、楽をして頭はよくならないし、むしろ使わないので頭はどんどん退化するでしょう。

「これは昔から受け継がれてきた伝統だから」、「これで過去に成功したから」なんて発想では時代の流れから取り残され淘汰されるでしょう。

常に現状を分析して「何が一番適切か」という視点から、伝統や過去の経験を疑う必要があるといえます。

ですから、目的はある程度はっきりさせる必要があるでしょうね。

わたしの場合は「人生の幸福度をあげること」を目標としています。

さて、あなたはいかがですか?

そして、「差別するものを差別する」という姿勢も適当ではないんです。

聡明なあなたは「わたしはあんな風にはならないようにする」と、決めつけの強い彼彼女らを反面教師として自分の思考の柔軟さを保ち、かつ向上させていくことが大事です。

「決めつけが激しい人は知性が低い」のが真実だったとしても、それ自体はただの事実なんですね。

その事実をもって「ざまあW」とか「これだから知性が低いやつは、、、」なんてバカにする必要もさげすむ必要もないんです。

特に感情はいらないのです。

ただ、そういう事実があるだけ、、、そうそれだけです。

彼彼女らが知性が低い事実はあなたにとってはどうでもいいことです。

感情を持ってどうこう思う事自体が無駄と言えます。

聡明なあなたは「そうか、決めつけが激しいという事は知性が低い可能性が高いんだな」とただ認識するだけでいいんです。

そして、そんな分からず屋とはまともに話をしないかどうやってうまく御するかだけ考えればいいんですよ。

だって、事実は変わらないんです。

そして、あなたが労力を使って変えてあげるだけの義理はないんです。

相手にしないのが最善です。

感情なく冷静に「そういうものか」とみていればいいのですね。

3、時代の影響は無視できないかもしれない

最近になって、差別と言語能力の関係性について言及する論文がありました。

それが以下です。

https://academic.oup.com/socpro/article/63/1/21/1846173

この論文は2016年にトロント大学の研究者であるジェフリー=ヴォトケさんが発表したもの。

この研究は主に黒人に関するアンケート調査を行ったというものです。

なお、アンケートの対象はアメリカ在住の44873人の白人でした。

その結果、言語能力テストでスコアの高かった人は、概して差別に寛容であったと言います。

ただし、例外もあるとのこと。

それはスコアの高低によらず、20世紀初頭に生まれた人達は差別的だったということです。

ちなみに、1950年~1960年には黒人の基本的人権を訴える公民権運動が行われた時期です。

この運動開始以前に育った世代の人に関しては、言語能力テストの高低が彼彼女らのもつ考え方の違いに相関していなかったんですね。

つまり、これは考察になってしまいますが、その人の育った時代背景により、偏見の強さは影響を受ける可能性があるという事。

さらにいえば、教育の重要性にもつながるかもしれませんね。

まあ、もっとも高い認知能力があれば自分で時代背景に関わらず、早い段階から差別や偏見のおかしさに気付くのかもしれませんが、、、、。

ま、難しいところです。

それに知性を何ととらえるかによっても結果は違ってくるのかもしれないですしね。

まあ、一筋縄ではいきませんね-。

おわりに

この記事では「偏見や差別、決めつけの度合いと知性の高低との関係性」について述べました。

当記事で取り上げた実験では知性を「認知能力と情報処理速度」、「言語能力」として規定した場合の実験によった場合には、「知性が低いと差別や偏見が強くなる」ということでした。

知性のとらえ方によっては、もしかしたらまた別の結果が導出されるかもしれません。

とはいえ、差別や偏見がこれからの社会にとって有益なものとは言い難いです。

「差別や偏見も好き嫌いの内の一つだから許容しろ」という意見が、果たして通るのでしょうか?

少なくとも、わたし達はナチスのヒトラーによるユダヤ人虐殺のような悲劇の歴史をふまえて今後のありかたを考えるべきです。

人種をはじめとした不当な差別が許されていいはずはありません。

たしかに、差別は人が人である限り無くならないでしょう。

でも、その差別や偏見を良しとしない機運を高めることで少しでも不当な差別や偏見を減らせるはずです。

思考は努めて柔軟にしていきたいものです。

では!

参考

https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0956797611421206

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