弘法は筆を選ばずは正しい気がするがいいものを使うのには意味もある

「弘法は筆を選ばずって言葉があるがまあ大筋納得。でも、だからといって、道具なんて何でもいいよねって話にはならないと思うんだよね。やっぱりいいものって使いやすいもんな。」

ふむ、それはそうじゃな。

その道の達人は、パフォーマンスが道具の品質によらず一定以上の仕事をするってのは確かだと思うけど、道具なんて何でもいいって話ではないよねえ。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「弘法は筆を選ばずは正しい気がするがいいものを使うのにもは味もある」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

・話しのネタが欲しい人等
・弘法は筆を選ばずは正しいのか気になる人

弘法は筆を選ばずということわざがある通り、およそその道の達人と言われる人たちは自分の道具の良し悪しに左右されず一定のパフォーマンスを発揮できるものです。

しかし、だからと言って「道具なんて何でもいいよね」って話にはならないと思うんですな。

達人が名品を使えば相乗効果で素晴らしいパフォーマンスが発揮できるでしょう。

では、ゆるりおおくりします。

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「弘法は筆を選ばず」ということわざ自体は正しい

まずは例にならって、ことわざの辞書的な意味を確認してみましょうか。

弘法は筆を選ばずとは辞書によると以下の意味であるとのこと。

弘法大師のように書に優れている者なら筆の善し悪しは関係ないという意味。

一般化して、技量が優れていれば道具に左右されないの意。

猥画を書けというのだが、絵の道具がないからと断ると、それは困ったな、弘法は筆を選ぶと言って、商売人は絵筆のギンミ又厳重だと言うから、コチトラの筆じゃア埓があくめいな、と至極物分りのよい独り言をもらして、どうだい、之は、え、筆は立つかね、なにさ、文章は書けるかってことさ。(坂口安吾『二十一』 元の句の諧謔例)

達人の域に達すればどのような状況でも失敗しないの意。

転じて、自分の技量の不足を道具の所為にしてはならない、更には、失敗を周りの環境の所為にしてはならないという戒め。 引用https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%98%E6%B3%95%E7%AD%86%E3%82%92%E9%81%B8%E3%81%B0%E3%81%9A

ふむ、やはりみなさんが知っての通りの意味ですね。

弘法大師、つまり真言密教の開祖である空海と言えば書の達人として知られていますが、彼ほどの書の達人ならば筆の良し悪しに左右されずに素晴らしい所が書けるという事ですわな。

まあ、およそ納得はできる話です。

てか、「達人の域に達すればどんな状況でも失敗しない」とか言われると、ドクターエックスの大門未知子のセリフ「わたし失敗しないので」を思い出してしまいますな。

、、、、まあ、それはいっか。

例えば、ギターなんかでも同じことが言えたりしますね。

わたしはギターが趣味なので自身の演奏の参考にしようとユーチューブで色んなギタリストの演奏動画を試聴するのですが、やはりうまい人は安いギターを使っても上手いんですよ。

左手の運指の安定性から右手のピッキングの切れ、、、もう全然下手な人とは違うんですよな。

ああいったのを見ていると、「演奏の上手い下手をギターのせいにするのはないよなあ~」なんて思ったりもしてしまいます。

あんな風に比較的安いギターでもいい演奏ができるっていうのをまざまざと見せつけられると、「練習しなきゃいあかんわ」となんかやる気に火をつけられるところがありますねえ。

下手くそほど道具にこだわる??

少々余談かもしれませんが、弘法は筆を選ばずということわざは結構広く知られているけど、その対義語にあたることわざについてはあまり知られている気がしません。

実際、わたしもつい最近まで知りませんでしたねえ。

いやあ、学のなさがばれるね(笑)。

で、調べてみると、「下手の道具調べ」ということわざがあるようです。

このことわざは以下の意味である模様。

腕の優れない人間に限って、大げさな準備をすることをいう。下手な人は道具を選んだり、事細かく説明したりすることのたとえ。

imidas

んー、なんか耳が痛いね。

まあ、なんでも準備に時間かけるよりもとりあえずやってみればいいよねって感じですよな。

下準備に時間をかけるよりも、道具がそれなりでも少しでも早く実践の中で経験を積んだほうが上達するようになる気はします。

わたしの場合、「ギターがやりたい!」と思った時にまずかったのはフォトジェニックというすっごいやっすいギターでしたわ。

というのも、ありきたりな理由ですが「自分のお小遣い的にいいギターを買うのがきつかったから」ですな。

正直、作りは雑だし中の配線もどうなのかって感じのレベルでした。

ただ一応音は出たんで、当時はデイスト-ションをかませればそれなりにかっこいい音がでている気がしていましたな。

エレキギターのいいところって、ある程度エフェクターで音が変えられるところなんですね。

これがアコースティックギターとかだったら品質の差がもろに音に反映されてしまうのでしょうが、エレキギターの場合は電子音なので影響は少ないんだと思われます。

ま、今となっては到底フォトジェニックを使う気にはなりませんけど。

まあ、これは腕の問題を楽器のせいにしているのではなくフレット数、つまり「出せる音の音域の広さ」の問題なんですよね。

詳しいことはあえて言いませんが、出せる音域に違いが生じるのは、フレットという指盤上に打ち込まれた金属の板の数のせいなんですわ。

とりあえず、物理的に不可能なものは不可能ってことですわな。

弘法も筆を選んだ方がいいのは間違いない

達人であれば道具に良し悪しにさほど影響を受けず一定のパフォーマンスができるのはまずまちがいないでしょう。

しかし、だからと言って「名人ならどんな道具使ってもいいよね」って話にはなりません。

やはり、名人が名品を使えばその相乗効果によりより優れた作品ができるものです。

例えば、先ほど上手なギタリストは安いギターを使ってもいい演奏ができるといいましたが、当然ながら彼らがいいギターを使えば安いギターよりもいい音がします。

これは当然の結果ですわな。

自分の技量不足の言い訳のために、「これはギターが悪いからだよ」というのは言語道断って感じですが、やっぱりいいギターを使えばいい音は出るもんです。

また、名人ほど実は自分の道具にものすごくこだわっている傾向もあります。

例えば、名医と言われる外科医の中には自分専用のメスや手術道具を特注で作ってもらっている人もいるし、料理人にも特注で包丁を作ってもらっている人はいますね。

ギタリストだって自分専用のギターをスポンサーになってくれているギターメーカーに作ってもらっているのが普通です。

プロフェッショナルほど実は素人以上に自分の道具の使いやすさや質にこだわっているといえます。

達人は日々自身の技術の向上のため工夫に工夫を重ねているものです。

その中にあって達人は、

「こういう道具があればもっと自分の理想とするパフォーマンスができるだろう」

といった新たな気付きを得たりもするので必然的に「自分専用の道具」がさらなる技術の向上には不可欠になることもあるんですな。

素人が「良い道具を使えばなんかうまくできるような気がする」等といった漠然とした希望的観測でいい道具を買い求めるのとは根本的に違うってわけですな。

とはいえ、いい道具を買うと何となく一時的にでもやる気が出るのは確かですから、一概に無駄とも言えないでしょう。

例えば趣味でギターを始めるとしたら、わたしのように最初にフォトジェニックのような安価なギターを買って始めるのも一つですが、あえて最初から十数万円クラスのそこそこいいギターを買って初めるのもいいと思います。

最初にいいギターを買うと演奏が下手な事に対し自分に言い訳が利かなくなりますし、何より「こんだけコストかけたんだから道具に見合った腕前にならないと元が取れない!」と言う気持になり練習もしっかりやるようになるかもしれません。

ただ逆にしっかりと練習しないなら、せっかく高価なギターを買ったのになんだかもったいないことになるのは言うまでもありませんね。

結局、何かを始める時に「まずいい道具を買う」というのは、よくも作用するし悪くも作用する可能性があるという事ですな。

ただ道具にこだわって始めるのも無駄ではないという事は言えます。

ま、「下手なのは道具のせいだ」という言い訳を言うようになったらおしまいってことは間違いないですなあ。

おわりに

この記事は「弘法は筆を選ばずは正しい気がするが、いいものを使う意味もある」と題しておおくりしました。

弘法は筆を選ばずということわざは、まあ妥当です。

達人は道具の良し悪しにそこまで左右されずある一定の高い水準のパフォーマンスを発揮するもの。

しかし、だからといって「達人は何を使っても同じ」とか「達人なら道具になんてこだわる必要は全くない」という事ではありません。

むしろ、達人こそ普通の人達が気に元ない様な繊細な違い等に気が行っているもので、日々の試行錯誤を通して得た経験などをもとに自分専用の道具を作ってもらってたりもするものです。

そんで、最初にいい道具を買ってから新しい趣味や仕事を始めるのも別にいいと思うんですよね。

結構やる気になるもんですから。

ただ、せっかくいい道具を買ったのなら、「その道具の持ち主として恥じないレベルになる」ように努めたいものですな。

間違っても「わいがへたっぴなのは道具のせいや」とか言わないようにしたいものです。

では!

参考記事等

「弱い犬ほどよく吠える」は心理学的には必ずしも正しくない!!

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