「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ」について思う事

「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだとかって言葉があるけど、なんかうまく言えんけどこの言葉にはモヤるなあ。撃たれる覚悟があれば撃つ資格があるってか?覚悟があろうとなかろうとそもそも撃っちゃダメな事ってない?」

まあねえ、ただ覚悟を持たれたら事の是非とか関係なしに人はやるだろうから、悪い意味で覚悟した人はもう誰も止められんやろうなあ。

覚悟の前には倫理も道徳も意味をなさないわな。

もう実際的な武力しかなさそう。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ」について思う事」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

・撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだという言葉について考察してみたい人
・話のネタが欲しい人等

ネットでかなり頻繁に引用される名言っぽい言葉に、「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ」というものがあります。

なんか一見かっこよさげな事を言っているように思えるものの、何となく「ん?じゃあ覚悟があった撃ってもええのん?」みたいなショーもないツッコミもしたくなるもんです。

まあ、こういった言葉における「撃つ」みたいな強い言葉は「何かの比喩」として受け止めるのが普通でしょうが、ついつい変な方向から突っ込みたくなるっていうね(笑)。

でも、確かに「覚悟が決まった奴は撃つでも刺すでも何でもやってくる」と思います。

なので、そもそも「人に覚悟を決めさせるような環境を作っちゃあかん」ってことなんですな。

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「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ」って誰が言った?

まずは「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ」という言葉の出典を確認してみましょうか。

この言葉の出典としてよく挙げられるのが、アニメ「コードギアス 反逆のルルーシュ」です。

このセリフは同アニメ第一話で主人公のルルーシュが、自分を殺そうとする敵兵に向かって放った言葉なんですな。

ただこれにもさらに元ネタがあるらしく、それはアメリカの小説家レイモンド=チャンドラーさんが生み出したハードボイルド系「私立探偵」の代名詞的主人公であるフィリップマーロウのセリフだそうな。

この言葉をすごく簡略化すると、「誰かに攻撃等を加える時はそれなりの反撃が来ても仕方ないと腹くくってやれよ」という警句って感じですかね。

つまり自分が他人を攻撃しいざ反撃が来た時に、「まさかこんなはずでは、、、」みたいに言ってもおせえよってことですわな。

自分が言わないと気が済まないって事を誰かに言うときにも、それなりの覚悟を持って岩にゃならんねって事にもなりますわな。

変な反撃を避けるためにも、言い方には気をつけたいところです。

覚悟のあるやつは撃っていいというかそもそも覚悟のあるやつを止めるすべはない

「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ」なんていいますが、そもども「撃たれるくらいの覚悟が決まっている奴はどんなことでもやらかす」というのが結構正しい気がします。

そうですねえ、、、、言ってみれば、「失うものがない捨て身の強さ」てやつですかね。

「わたしは自分が死ぬことなどもう怖くない。お前を殺せればそれでいい。少なくとも致命傷は与えてやる」みたいな覚悟ですかな?

もし、こんな覚悟を決められて迫ってこられたら、どんなマッチョでもひよってしまうしまず押し負けて殺されてしまいそうです。

正直、こういった事に対処するなら「自分も生死をかけて戦ってきた経験が沢山ある」という最低限必要そうですな。

知らんけど。

とりあえず、今の平和な日本や先進国でこんな気構えで来られちゃ体格差があっても覚悟の差でやられると思います。

しかも、こういった覚悟を決めている人を止めるすべは皆無に等しいとも思いますな。

当たり前ですが、法や倫理なんかを持ち出したところで聞くわけはなし、物理的な力で制圧するしかないってことになりますわ。

まああれですわ、覚悟決めた奴は撃っていいとか撃って悪いとか関係なく「当然撃つよね」て話ですねえ。

こわいこわい。

そもそも撃つ覚悟を決めさせるな

窮鼠猫を噛むという言葉がある通り、「覚悟を決めたものの決死の一撃」というものは恐ろしい程の威力があるものです。

ですから、そもそも「人に撃つ覚悟を決めさせるな」という事ですよ、はい。

例えば、最近いわゆる「無敵の人」のような社会から見放された意識を強く持つ人たちが方々で事件を起こしていますが、あれも悪い意味で覚悟を決めてしまっているからと言えるんじゃないでしょうか?

よくああっていった事件の実行犯に対して、「死ぬなら一人で死ね」とか「社会に迷惑をかけるなら一人で死ね」といったコメントをしている人がいます。

まあ、気持ちとしてはわからんではないです。

実際、わたしもあんな事件を見たときに「迷惑だしウザ。一人で勝手にくたばれや」と過去に思った事も一度や二度ではないですわ。

ただ最近は、「本当にそれでいいのか?」なんてかなり疑問を感じるようになってきたところがありましてん。

というのも、こういった「一人勝手に死ね」的な発想は「社会の発展や自分たちの安全を阻害する足手まといは死ね」に結構近いところがあると思ったんですな。

こういった意識が増幅されていくと、やたらと「自助努力」や「自己責任」が強調される風潮が起こり一定数の人が社会から孤立化して生きるよすがをなくし「覚悟を決める」という悪循環が起こるんじゃないかって思ったわけです。

なので、覚悟があろうがなかろうがそもそも撃つのはよくないのですが、「なぜこの人は撃つ覚悟を決めねばならなかったのか?」といった考察や検証は必要だろうなって思うんですわ。

で、そもそも「できるだけ多くの人に撃つ覚悟を決めさせなくて済む風潮」を作っていく事が大事なんじゃないかなあって事を思いやした。

て、ことなので、人によっては日々のうっ憤を自分より社会的に弱い立場の人をこき下ろすことで発散している人もいるでしょうが、そういうことしているといつ何時か反撃を食らうかもしれないので要注意ってことです。

「弱者はいくら叩いても大丈夫。最悪力づくで抑えこんでやるさ」って思考は危ういっすよ?

人に覚悟を決めさせない事が大事です。

弱い者いじめはアカンっていうのは、道徳や倫理の話じゃすまないんですよなあ。

おわりに

この記事は「「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ」について思う事」と題しておおくりしました。

「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」という言葉の元ネタは、レイモンド=チャンドラーさんが生み出したハードボイルド系「私立探偵」の代名詞的主人公であるフィリップマーロウのセリフであるといいます。

人の恨みとは本当に恐ろしいものです。

どんなに自分から見て弱者と思われるような人でも、本気で怒らせたり自暴自棄になるところまで追い込んだりすれば自分の命すら脅かされる危険があるのですな。

なので、「弱い者いじめをするな」は道徳の事業の中での理想論って話ではないんです。

これは「超えてはいけない一線を教えてくれている重要な教訓」なのですな。

人を下に見てバカにした代償はかなり大きいのです。

モラル的な意味合いだけではなく、そういった実利的な観点からも「弱い者いじめはしない」方がいいですぞ。

これは「自分は強いから弱者なんて虐げて当然だ!」と息巻くちっちゃな暴君たちへの警告でございます。

ま、誰の心の中にもふとした瞬間にこういった暴君が出てくることってままありますけどね。

しっかりとその存在に気づきつつも、彼らの言いなりにならないようにしたいものです。

では!

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