不愛想な人は真面目過ぎるのかもしれない。もっと大雑把でいいと思う

「うちの職場にいる不愛想な同僚は愛想がないから他の人、特に女性からは腫物を扱うような扱いを受けている。でも、本当は口にしないだけで人に対して色んな事考えているからこそ変に愛想よくできないらしいんよな。あいつ本当は凄くいいやつなのにな。みんな分かってくれないんだよなあ。」

ふむ、まああるよね。

本当はすごくいい人なのに周りが理解してくれないってジレンマ。

なんか、複雑な気分になるよなあ。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「不愛想な人は真面目過ぎるのかもしれない。もっと大雑把でいいと思う」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

・不愛想な人が苦手な人
・不愛想で損をしている気がする人

不愛想な人は一般に嫌われやすい傾向にあるといえます。

それは多分間違いないといえるでしょう。

しかし、不愛想な人がなぜ不愛想なのかという事について「あいついつも暗くて感じ悪い」とか「何考えているかわかんなくて気持ち悪い」等と漠然と思っているだけでその理由について深く考えたりはしないかもしれません。

不愛想な人の全てに当てはまるわけではないですが、不愛想な人の中には

「愛想をむやみやたらと振りまく人以上に人に配慮をしているからこそ愛想よくしない人」

というのもいるのです。

これは忘れてほしくないなって思うんですよ。

「不愛想=キモい、危険」みたいに短絡的に結論を出すのはよくないって思いますな。

ま、不愛想な人の方も自分の心情をきちんと言語化しないのが悪いってところもあるんですがね。

では、ゆるりとおおくりしますだ。

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不愛想な人が嫌われる本能的理由

何度か当ブログにて言及していることですが、不愛想な人は基本的に嫌われがちです。

その理由の最たるものは

「何を考えているのかわからないから」

です。

よく女性が不愛想な男性に対して、「何考えているかわかんなくて怖い」と言ったりします。

で、実は本能的には「何を考えているかわからない人は怖い」のは結構当たっているんですね。

これは本能的に由来する感覚なんです。

人は本能的にリスク回避のために「未知のものを恐れる」という傾向がありますので、「何を考えているかわからん人」というのはその存在自体が脅威なんですね。

なんせ「次に一体どういった行動をとるか予想ができない存在」なわけです。

何考えているかわからないとなれば、極端な話「いきなりすれ違いざまに刺してくる」とか「いきなり殴ってくる」みたいなことも考えられますわな。

友好的か敵対しているかもよくわかんない人間は、警戒してしかるべきでしょう。

なので、人間は「腹の底で何考えているかよくわかんない」という人を警戒し回避しようとするというわけです。

これが不愛想な人が避けられたり攻撃されたりする主な原因であろうと思います。

そういった意味では、多少やりすぎな感はあっても喜怒哀楽をはっきりと表現する人間の方が、「ああ、こいつはわかりやすいやつだ」となって安心感を持たれることも多いでしょう。

「分かりやすいやつ」の方がぱっと見でその後の行動が予想できますから、第三者としては事後の対策が立てやすいですよね。

ということで、やはり不愛想は対人関係において損であるというのは間違いないでしょうね。

不愛想な人≠危ない人

上述のように、不愛想な人は何考えているかわからず「未知のリスク」と認識されるの可能性があります。

しかし、「何考えているかわからん」のと「実際に危険であるか」はまた別の話です。

当たり前の話ですな。

これはわたしの主観の話ですので、「まあそういう場合や見方もあるのね」くらいに流してほしいのですが一見不愛想な人の中にはそうでない人よりも結構人に配慮しようとしている人が多い気がします。

不愛想な人がなぜ不愛想かといったら、単にコミュニケーションが苦手と言った理由以外に「相手に過度に気を使わせたくない」という気持ちがある場合があります。

例えばわたしの様な鈍感な人間の場合、コンビニや飲食店等で会計後に何となく感謝を表明すると自分の気分がいいからって事で、「お疲れ様」とか「御馳走様」なんて軽く言ったりしますが、不愛想な人で「ここでこれを言われたら相手はどう思うか?反応しにくくないか?」とか色々な事を考えて行動しない人もいるものです。

不愛想な人はかなり感情表現や対人関係というものを真剣に考えていたりします。

まあ、良くも悪くも真面目なのです。

こういった過度に気を使う人と話をしていると、「そこまで考えるんかい!」と思わず突っ込みたくなるようなとこまで考えていたりします。

人の気持ちを過度に推し量っている人の中には、「感情を自分が明確に表現することで相手にどんな影響を与えるか」等と考えるために感情を抑えている人もいるという事ですな。

おそらくは本人が他人の感情によって影響を受けやすいたちだから、ここまで配慮をするのかなって思うところはありますけどね。

ただまあ、不愛想な人を捕まえて「感情の機微がよくわかんなくて気持ち悪い人、危険な人」と即断するのは乱暴ってことです。

自分の身近に不愛想な人がいてもできる範囲でいいので、「どうしてこの人はこんなに愛想がよくないのか?」といった理由について思いをはせてみるといいんじゃないでしょうか。

無理に仲良くしようとしたり親切にする必要はないんですけど、フラットな目線で接するのは大事ですよな。

本当はすごくいい人なのかもしれませんしね。

思いは言わねば伝わらない!!

不愛想であるからと言って、その人の人間性が悪いという事には全くなりません。

しかし不愛想だとどんなに素晴らしい人間性を持っていても誤解されてしまうのですごく損です。

ですから不愛想な自覚のあるひと人は、自分の気持ちをちゃんと表明するようにしましょう。

わたしたちはエスパーではないので、思っただけで自分の思いが思いを伝えたい相手に伝わるなんてことはありません。

押し黙ったままでは、どうしたって悪い方向へと誤解されるなんて事も多いでしょう。

感情表現はなるべくしっかりとした方がいいですな。

よくいわれることですが、人は思っているよりも大して他人のことなど気にしていないもの。

なので、あまりに気にしいな人はもっと自己表現をしても問題ないです。

むしろ気にしいな人の場合「自分が気になるくらいのレベルでもまだ自己表現が足らない」なんて事もままあるので、「少しやりすぎかな」と思うくらい大げさに表現していいと思います。

最初は心配かもしれませんが、相手の対応などをシッカリと観察しながらどれくらい表現していいものなのかと言った落としどころを試行錯誤しつつ見つけていくといいと思うんですな。

というか、こういった落としどころはかなり感覚的なものなので自分で試行錯誤して見つける以外にないと思います。

不愛想で誤解されることが多いという人は、少し勇気を出して嬉しいならうれしい、悲しいなら悲しい嫌なら嫌とちゃんと感情を表現するようにしてみてくださいな。

あと、当たり前っちゃあ当たり前ですが、感謝されて嫌な気持ちになる人なんていませんので、感謝の気持ちの表明は常日頃からしたいものです。

不愛想か愛想がいいかに関わらず、感謝の表明は多くの人が軽視しがちですしね。

詳しくは以下。

おわりに

この記事は「不愛想な人は真面目過ぎるのかもしれない。もっと大雑把でいいと思う」と題しておおくりしました。

不愛想な人の中には、自分の感情表現によって相手がどういった影響を受けるかについて過度に配慮してしまう人がいます。

こういった人達は対人関係についてかなり真剣に向き合っていこうとしているので、良くも悪くも真面目なんだと思うんです。

不愛想な事と人間性はまた違うので、人間性がいいのならそれをもっと理解してもらわないと損ですし、なんだかわたしとしても「なんだかな」って複雑な気分ですな。

もっと、人間性がいい人はいいってことでそれ相応の評価をされてもいいんじゃないかって思う今日この頃であります。

不愛想な人は少しづつでいいので、もう少し自分の感情を表現するようにしてみましょう。

では!

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