「老害に年は無関係」若年寄な人も頭の固い年寄りもみんな老害DAYO!

「世の中には伊達に長いこと生きてきてないなって感心するような尊敬できる年配の人もいる。かと思うと、自己中心的で頭の固いどうしようもないくらい嫌な老人もいるなあ。マジで2極化してんな。ダメな連中はとことんダメで、素晴らしい人はマジで素晴らしいっていうさ。」

んー、確かに尊敬できる年配の人もいれば、不快極まりない老人もいるな。

まあ、それはそうだ。

オニギリス!

脱マンネリストのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「老害に年は無関係」若年寄な人も頭の固い年寄りもみんな老害DAYO!」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ
  • 老害といわれる人達がどんな発想をするか知りたい人
  • 年齢問わず老害化したくない人

世の中にはもうそれはそれは尊敬に値するご高齢の方がおります。

そのような方々は、「年なんて関係なく人間には常に可能性があるのだ」ということをわたし達に示してくれる偉大な存在です。

そういった先人達に姿勢から大いに私たちは学ぶべきものがあります。

、、、かと思うと、旧態依然とした慣例に従うばかりで表面的な体面にやたらとこだわる迷惑老人みたいな人もいますねえ。

正直、個人的に思うだけですが、高齢の方々は「老害か賢人か」で結構2極化している気がします。

もっとも、賢人たる年配者が「全ての分野において老害的でない」とは言えないでしょうが、、、。

そして、これは重要なことですが「老害」という文字列から「老害の対象が高齢者だけ」だという早合点をすべきではありません。

年が若くても「老害」としか言いようのない若年者もいるのです。

年に関係なく「老害化しないようにする」必要があるのですな。


では、ゆるりとおおくりします。

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老害とは何か?

まずは言葉の確認。

老害は本来「組織や社会で幅を利かせすぎて言動が、疎まれる高齢者や傍若無人な振る舞いで、若者に必要以上の負担や迷惑をかけている高齢者」という意味合いで用いられていたようです。

まあ、要約すると「組織や社会の新陳代謝を邪魔する高齢者」みたいな感じですな。

ただ、現在「老害」という語は、「傍若無人な振舞いで若者に必要以上の負担や迷惑をかけている高齢者などを指す表現」とされている模様。

引用
https://www.weblio.jp/content/%E8%80%81%E5%AE%B3

ふむ、、、まとめると老害は、いわゆる迷惑老人や暴走老人の類といえそうですねえ。

もっと具体的に言うと、老害って前時代的な根性論を振りかざして若年層にマウント取ろうとしてくるとか、表面的な礼儀作法を重んじすぎる形式主義者、、、みたいな感じでしょうか。

老害の特徴(年齢不問)

「老害」という言葉を聞くと普通はその対象は「高齢者」だと思ってしまうものです。

しかし、実は老害に「年齢の高低は関係ない」と思います。

そう、若くても老害としか言えないような性格の人っていうのもいるもんです。

「若いから老害じゃない」と思ったら大間違いなんですな。

高齢で老害ではない人も沢山いるのです。

わたしたちは「思考を老いさせてはいけない」んですな。

では、ここからは年齢を問わない老害の主に精神面な側面からの特徴を見ていきたいと思います。

・説教好き
・新しいものを否定する
・社会の代表者を気取る
・やたらと一くくりにする

以下順次簡単に見ていきましょう。

説教好き

若かろうが年を取っていようが、一定数説教好きな人っているものです。

説教はアドバイスや助言ではありません。

説教は「一種のマウンティング行為」に他なりません。

特に老害と呼ばれるような人達は若さというものを未熟さとみなし、自分が年長者であるということをもって「自分の方が上だ」ということを示そうとしてきます。

これが説教をしてくる老害連中の心理の一端といえましょう。

「お前のためだから、、」みたいな接頭辞をつけて、いちいち頼んでもいないのに人生訓やら仕事の仕方を押し付けてくる人っていうのは正直うっとおしいし縁なんて持つ必要はない気がします。

本当に有能な人は「自分の能力に関して足りていることや足らないことをよく認識している」ので、むやみに自分の能力を誇示して人にマウントをとったりはしないものです。

むしろ、有能な人は低姿勢で謙虚なもの。

そう、有能な人は「知的に謙虚」なんですね。

年をとろうがなんだろうが、知的に謙虚な人は自分より年下の相手からでも自分が足りないものは積極的に吸収しようとするものです。

老害は年のせいではありません。

「老害なのは知的に傲慢なせいです」。
 

・新しいものを否定する

老害は往々にして、「新しいものを否定したがる傾向があります」。

思考が老いてくると新しいものを受け入れることができなくなるばかりか、「過去の自分の業績をやたらと過大評価する」ようになる気がしますねえ。

これでは社会の変化についていけないでしょう。

特に現代は「数年前に上手くいった手法がまったく通用しない」、なんていう事態が往々にして起こります。

常に好奇心をもって新しいものに適応していかねば、結局は時代に取り残されて滅んでいくんじゃないかと思いますねえ。

・社会の代表者を気取る

老害と呼ばれる人の中には「人として~」とか「常識的に~」みたいに高圧的な態度で持論を押し付けてくる人たちがいます。

そう、さも「自分が社会の模範や代表者」であるかのように自信ありげに、、、。

「常識として」とか「人として」なんていう言葉で上手く虎の威を借りながら、人に自分の意見を聞かせようというせこいやり口です。

これも結局は、上述の説教をする老害と同じくマウンティングがしたいという欲求からくるものでしょう。

やたらと一くくりにする

老害といわれる人たちはよく「~人は~だ」とか「~な人間は~だ」みたいに、物事を一くくりにして考える傾向があると思います。

このような状態は「物事を個別に観察し判断していこう」という姿勢の欠如だと思いますねえ。

偏見や差別というものを行う人は基本的に認知能力が低下しているんです。

詳しくは以下。

なので、若い人が高齢の人に対して「ただ高齢である」という理由をもって「これだから老害は、、、」みたいに言っているとしたら、そんな人は「年にかかわらず老害」ですよね。

年を取っていても凄く好奇心旺盛で、年下の人からも積極的に学ぼうとする賢人もいるのですから。

年の高低だけをもって、老害という人は「自分は老害です」と自己紹介していることに他なりません。

老害にならないために好奇心を高めよう

いわゆる「老害」と呼ばれるような嫌な人間になるかどうかは、好奇心がないとか知的に謙虚ではないということが主な原因ではないかと思います。

特に好奇心に関しては非常に重要です。

ある研究では、好奇心の高さが仕事をする上での問題解決に役立つとか、イノベーションを促す、人間関係を円滑にするのに役立つなんて言われています。

なので、老害化防止のために好奇心は高めるのがおすすめですね。

好奇心の高め方についてはリンク先からどうぞ。

また、知的謙遜を高めるためにはメタ認知、つまり「自分を客観的に見る力」が必要なので、瞑想するのを習慣化するのがいいと思いますね。

具体的な瞑想の仕方については以下。

好奇心やメタ認知を高めて老害化しないようにしていきましょう。

おわりに


この記事は「「老害に年は無関係」若年寄な人も頭の固い年寄りもみんな老害DAYO!」と題しておおくりしました。

現在、老害は一般におよそ「迷惑老人」くらいの意味合いで使われている感があります。

しかし、その特徴について考えていくと、老害は年をとわず誰でもなる可能性があるといえるでしょう。

老害化を防止するためには好奇心やめた認知を高めることが大事だと思います。

老害とは「思考の老化した人」みたいに考えられそうですね。

年に関係なく、時代の変化に適応しつつ老害化しないようにしていきたいものです。
では!

参考
https://www.weblio.jp/content/%E8%80%81%E5%AE%B3

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