こんな時代だからこそ必要な発想!上善は水のごとし。水のように生きる。
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「なんだか、成果成果と上司にせっつかれて段々仕事嫌になってきたあ。もう、こんな職場嫌だから転職しようかなあ。てか、もう競争なんてしたくないわ、めんどくさい。隠居してえ、、、」

まあまあ、きっと頑張り過ぎや、お疲れ様。

オニギリス!

脱マンネリストのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は水のように生きることのススメです。

競争に疲れたあなたにもっと気が楽になる考えを提示したいというのが本記事の趣旨。

上善は水のごとし、、、ガッコの歴史の時間に聞いた人はいるんじゃないでしょうか?

この考え方は老子さんが唱えたとされています。

この考えをそのまま現代にいきるあなたが取り入れるのは少しやりすぎかもしれません。

ええ、なんてたって時代が違いますから。

でも、人生を豊かにするために、この思想のいい面を取りいれていくのは全然ありでしょう。

まあ、すこしでも気が楽になって下さればありがたし。

では、ゆるりとおおくりします。

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1、老子って誰?

老子さんって聞いて「ああ、あの人ね!」となる人はいいですが、知らない人も言うでしょう。

そこで、老子さんについて軽く説明しておきます。

老子さんは春秋戦国時代の思想家です。

ちなみに後に誕生する宗教である道教は、老子さんの思想が基礎となっています。

実は、この老子さんは色々と謎が多く、その実在が疑問視されたりもしている人物なんですね。

とはいえ、老子さんの思想にはなかなか真実をつくものがあります。

例えば、老子さんは「大道廃れて仁義あり」と言う言葉を残しています。

この言葉の意味するところは、世の中の道理というものが失われてしまったから、ことさら道徳や仁義という概念を持ち出す必要があるのだという事です。

そもそも、世の中で道徳や仁義が当り前のように行われているのなら、誰も「道徳や仁義」の必要性について声高に叫ぶ必要なんてないって話です。

この言葉は孔子さんの儒教に対する批判とも言えそうな感がありますね。

とはいえ、鋭い視点ですよね。

このような柔軟な思考を持つことが人生を豊かに生きることにつながりますね-。

見習いたいものです。

2、老子の思想は無為自然

さて、ここで老子さんの中核となる思想を見ていきましょう。

老子さんの思想の中核にあるのは無為自然(むいしぜん)という考えです。

なんか、漢字だけみるとやたら難しそうですが、実際にはそんな事ありません。

無為自然とは字面だけみたら、「なんもしないで自然体でいる事」ですね。

ところが、この「無為」は「何もしない」ではなく、「わざとらしいことをしない」ということ。

言ってみれば、無為自然とは「自分のあるがままを受け入れ、自分の気持ちに素直に従う、自分の気持ちを偽らない」といった境地と言えるでしょう。

この考え方は競争競争とせっつかれる事の多い現代人にとって、有益な考え方ではないかと思います。

激しい競争の中であなたは「今の自分を否定し」、「自分を厳しく追い込み」、「自分の本心をごまかして」生きていませんか?

その生き方は、ハッキリ言って心理学的にはあなたを不幸にしかしません。

無為自然の境地にいる時、あなたの心は自尊心を高くたもてます。

無為自然の境地は現代人に必要な考え方と言えるんじゃないでしょうか。

自尊心を高める方法は以下へ。

3、水は理想的な生き方の象徴

老子さんは理想的な生き方を「水」に求めました。

それは彼の残した言葉、「上善は水のごとし」によく現れています。

そう、彼は水のように柔軟で争わない生き方を理想としたんです。

水はやわらく争いません。

岩を避け、横たわる倒木すら相手にせずゆうゆうとただ流れていきます。

その流れは上から下へ、、、。

水は万物に恩恵を与える一方で、最終的には一番低いところへ留まります。

なお、この「水が低い所に留まる」とは老子さんによると「弱さに徹した水の性質を変えられる者はないから強い」ということのようです。

現代的に言うなら、「失うものが無い心境」に近いものがありそうではあります。

老子さんの考え方も孔子さんと同じく「戦乱の世に成立した思想」です。

この思想の背景には常に「死」を暗に受け入れる姿勢があったのかもしれません、まあ、これは推測でしかないですけどね。

だとしたら、「失うものが無い心境」ももしかしたらありうるのかもしれないですね。

そして、これは私見ですが、私にはこれは「自分の心の移り変わりに逆らわなくていい。自分の心は落ち着くところに自然に落ち着く」という意味にも思えます。

「水が上から下へ流れる」というのは自然の摂理であり、人が本来どうこうできるものではないですね。

心の流れもそれと同じかと思います。

上から下へ流れる心の流れは本来誰にも留めることなんてできないんです。

流れるままに任せるしかないんですね。

こんなこというと、まさしく文字通り「流されているだけ」に聞こえます。

しかし、実は水は強い。

水圧が高いなら、岩を穿ち、流速が速いなら巨木すら押し流す、、、。

そうです、柔らかいものこそが「真に強いもの」なんです。

常に無理をしないからこそ余裕があります。

その余裕がいざという時の爆発的な力の源泉になります。

また、柔らかい柔軟な心や思考こそ硬い信念や異常なまでの執着より強いんです。

思考も柔軟な方が人生の難局を乗り越えるための力になります。

硬直した執着心は人を不幸にするだけです。

破滅への道です。

事実、心理学では柔軟な思考ができる人の方が状況を多面的に見れるので、問題解決能力も高くメンタルも安定していると判明しています。

上善は水のごとし、、、私はこの言葉が好きです。

4、私なりの水としての在り方

はい、気が付いた人もいるかもしれません。

私のブログのサブタイトルに「心は澄んだ水のように」とありますね。

私は「水のように柔らかい心」で生きようと思っています。

澄んだとは何か?

それは偏見や執着を手放し、善悪の区別もなくただ現実をあるがままに見る、実体を実体として見るということを意味しています。

自分の価値観にとらわれずに物事を正しく身体の言う事ですね。

そして、競争から降りるという事は敗北を意味しません。

競争せずに結果を出し、競争せずに自分に嘘をつかず、自分を一切責めずにただやるべきだと思ったことにその都度取り組んで行こうという姿勢です。

例えば、ビジネスの世界でも競合せず事業をのばしていく方法があります。

経営コンサルタントの世界的権威であるジェイ=エイブラハムさんが、著書「ハイパワーマーケティング」でいうところのUSPをしっかり打ちだし、柔軟な思考で競合のいない分野をせめていくやり方です。

なお、USPとはUnique selling point、つまり言ってみれば「独自の売り」です。

実際、これがしっかりできる企業こそ短期間で急成長して業界の実験を握ります。

個人的には「戦うこと」を念頭に置くのではなく、「頭を柔軟にして現実をあるがままに見て迅速に動く」、これこそが人生を豊かにできる秘訣なんじゃないかなと思いますね。

ま、私はそう思うってだけですがね(笑)。

最後に思い込みを除去する方法等を置いておきますね。

おわりに

この記事では老子さんが唱えた理想の生き方をヒントにして、もっと水のようにしなやかに生きようという提言をしました。

心が水のように柔軟になれば、いつも競争に追われてうんざりしている心にもきっと潤いが戻ってくるんじゃないかなという話でした。

なにか、あなたの心が楽になるヒントがあったなら、これ幸いといった感じです。

ではでは、無理しないようお願いしますね。

いつも、お疲れ様です。

では!

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