承認欲求に「ウザい」とか「なくしたい」とか思う必要は全くないぞ

「承認欲求って本当人生を狂わせるから邪魔でしかないよな。マジいらねアドラー心理学とかでも承認欲求はいらないみたいな話もあるしな。承認欲求ゼロにしたいなあ~。」

んー、承認欲求をゼロにするなんて無理やねん。

ゼロにすることなんて考えるよりも、制御することを考えた方がよほど賢明だと思うんだよなあ。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「承認欲求に「ウザい」とか「なくしたい」とか思う必要は全くないぞ」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

・承認欲求はゼロにしたほうがいいと思っている人
・承認欲求に振り回されたくなり人
・話のネタが欲しい人等

過去に承認欲求の害悪性について当ブログにて扱いましたが、そもそも承認欲求はその存在自体が悪だとはいえないものです。

人間である限り承認欲求はかならず存在するもの。

変に承認欲求を敵視する必要はありません。

承認欲求があることが悪いのではなく、「承認欲求に振り回されることが良くない」のです。

では、ゆるりとおおくりします。

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承認欲求とはなんだっけか?

承認欲求とは、簡単に言うと「他者から認められたい」とか「自分を価値ある存在として認めたい」という願望の事です。

より具体的には前者を他者承認欲求、後者を自己承認欲求と呼びます。

それぞれの簡単な捕捉については以下の通り。

・他者承認欲求

他者承認欲求とは「他人から認められたいという欲求」の事であり、一般に承認欲求という言葉が使われる時はこの他者承認欲求を意味しているといえるでしょう。

この他者承認欲求が高くなりすぎると、「自分は凄いのだ」みたいに変なマウントをとるようになってしまうことになります。

・自己承認欲求

自己承認欲求とは、「自分の存在が理想とする自己像と重なるか、ないしもっと単純に今の自分に満足しているかといった基準で自分自身を判断する事」です。

平たく言えば、「自分が自分に満足していないからこそ生じる欲求」と言えますね。

自尊心が低いと生じる欲求とも言えますな。

よくインスタグラムなどに「マジで自分ブスすぎて死にたい」なんてコメントと共に自撮りをあげている人がいますが、これが単に「自逆風の自慢をしている」のであれば上記他者承認欲求の発露と言えます。

しかし、「自分の理想とする美には到底程遠いので自分はブスすぎる」という意図でコメントしているならば自己承認欲求の発露と解釈できそうです。

とはいえ、人のある行動は何か一つの心理から発生していると結論できるほど簡単ではないので、インスタグラム等に自撮りを自虐コメと共に投下する人達の内面にはその比率の詳細は不明なれども自己承認欲求と他者承認欲求等がまぜこぜになっているんだと思われます。

承認欲求はなぜ存在しているのか?

承認欲求とは実に扱いの厄介な代物です。

なので、「承認欲求なんてなくなればいいのに」と思う人もかなりいるでしょう。

しかし、承認欲求が完全に無くなる事なんてまずありえないでしょうね。

そもそも承認欲求がなぜ人間に備わっているかというと、自分や自分の子供の生存の為と言えるでしょう。

人は集団を離れては生きていけないので、どうしても生存するためには集団から認められる必要がでてきます。

そのため、人間には「人から認められることで快感を感じる」という仕組みが備わっており、それが承認欲求発生の原因となっていえるでしょう。

集団の構成員が集団に認められるために行動しそれで集団が潤う事でそのリターンがその構成員に何らかの形で返ってくるという相互補完的な関係が出来上がるというわけですな。

もし承認欲求がないとなると、

「自分はただやりたいことするだけだ。他の奴がどうなるか、どう思うかなんざ知らねえわ」

と自分の利益しか考えないといった感じになるかもしれません。

こういった個体がサイコパスってやつです。

なので承認欲求があるのは人類の生存のためには重要なのですな。

なので承認欲求を変に害悪の元凶みたいに考える必要はないでしょう。

承認欲求との付き合い方

承認欲求自体は人類の存続のために不可欠なものですので、その存在自体を否定するのは無理があります。

承認欲求は自分が努力をしていく上での原動力ともなりますので、適切に使えば自己実現を果たすことも可能です。

このような承認欲求の機能に関しては、あの欲求段階説で有名なマズローさんも主張している節がありますな。

一方で他人からの承認を求め過ぎると、権力や金を執拗に追ったり、他人へ不快なマウント取りを行って反感を買い結果として孤立することなんて事になりかねません。

他者承認欲求が強すぎる場合は、「他人から尊敬されたい」とか「他人に凄いと思われたい」と言った感情が優先してどうしても見栄を張ってしまいがちです。

この状態が得てして身の破滅を招きます。

マズローさん流に言うなら、「低次の尊重欲求」という感じですな。

アドラー心理学は、このレベルの承認欲求を問題視しているといっていいと思いますね。

で、ここから先にいって「自分は~できるのだ」とか「自分のありのままを認められる」と言った感覚が得られてくると他人の評価よりも自分の評価を重んじられるようになってきます。

マズローさん流に言うなら、これが「高次の承認欲求」ってことでしょうねえ。

この状態になれば、他人の意見に不必要に心をかき乱されないし、かといって他人をないがしろにするわけでもないので非常にバランスが取れている状態と言えます。

アドラー心理学では「集団への帰属意識」というものをベースにしているため、同心理学が目指す地平もここなのだと思いますねえ。

論法はどうあれ、最終的には「自他を共に生かせる心理の形成」を目指していたといっていいと思います。

では、高次の承認欲求を獲得するためにはどうすればいいのでしょう?

これについては等ブログにてもうさんざん言ってきたことですが、「自尊心を高める」のが一番効果的です。

自尊心の高め方に関しては以下の記事を参考にしてみてくださいな。

、、、と、ここで終わっては何も新しい情報がないので、もう一つくらい少しでも何か新しいアプローチを提案したいと思います。

エビデンスがある方法とは言えませんが、個人的には

「どんな人間も生きている限り最後には死んでしまうのだ」

という事を強く意識するとあまり他人と自分との優劣にこだわらなくなる気がしていますね。

このアプローチは正直人を選ぶ気もしますが、上手く使えれば変な嫉妬心がわく歯止めにもなると思います。

かなり虚無主義っぽい感じですが、人間はいつか必ず死んでしまうので今どんなに成功して権力や地位、巨万の富といったものを持っていても死んでしまったら全部失いますし自身の存在が無に帰します。

逆に、どんなに貧乏で何もかも人並み以下にしかできなかった人も同様にその人なりの全てを失い無に帰しますな。

結局、最終的に全てが無に帰すと考えたら、悲観的な見方をすれば「何をしてもしなくても一緒なら何しても無駄だ。なら何もする意味を感じないから何もしない」となりましょう。

ただこれをプラスの方向に使うなら、

「どうせ全てが無に帰してしまうのなら、いちいち他人がどうこうとか気にしても仕方ない。あいつらもどうせ最後は何もかも失ってしまう。人生の結末は所詮誰しも同じ。ならば他人から称賛される何かをするとかより自分の心が望む事にただ徹するので十分じゃないか」

みたいに思えたりするのではと思います。

人間はみな死という結果の下には等しく平等であり、死が訪れた瞬間に全てを失い無に帰すのです。

どんなに頭が良かろうと才覚があろうとどうせ死んでしまったら、そんなものに何の意味があるのでしょうか?

後世に名を残すなんて事を望む人もいますが、それとて本来死した人間からしたら死んだ後のこの世界のことなど認知できないのでどうでもいいことです。

他人からどう思われるかなんてことに固執して生きるのが、なんだか心底バカバカしくなってこないでしょうか?

いずれ失うしょうもないものを血眼になって「他人から凄いと思われたい!」と言った気持で追っている人たちが非常に滑稽に思えてこないでしょうか?

もちろん、自分が他人から称賛を得ようとしてやたら固執していることもしかりです。

まあ、時にはこういったややひねくれた見方をして自分の頭を冷やすのもいいんじゃないかと思います。

意外と自分が「これがほしい!」と思っていたものが、実は「どうでもいいガラクタであった」なんて事に気が付ける事もあるんじゃないかと思いますね。

良く生きたいなら、「人生の在り方は死を起点にして考える」のがいいんじゃないかなっていうのが持論です。

まあいい意味での「どうせ最後には死ぬんだからさ」と言った開き直りも必要かなって思ったりします。

生きることに執着すると、なんか変に命を過保護にして中途半端にしか生きれない気もしますねえ。

おわりに

この記事は「承認欲求に「ウザい」とか「なくしたい」とか思う必要は全くないぞ」と題しておおくりしました。

承認欲求は人の生存のために備わっているものなので、その存在自体を害悪であると断ずることには無理があります。

問題はその扱い方と言っていいと思いますね。

特に「他者から認めれたい」と言った他者承認欲求が強くなりすぎると、どうしても人間関係で苦労したり身の丈以上の生活に身を浸して破滅したりといった事になりがちです。

自尊心を高めて承認欲求を上手くコントロールしていきたいものであります。

共に精進いたしましょう。

では!

参考

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