「概念的自殺」常に自分と概念とのつながりを断ち切り続けよう

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

・ある特定の自分に対して固執している人
・自分は「~でなければならない」という強迫観念を持っている人
・話しのネタが欲しい人等

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「概念的自殺」常に自分と概念とのつながりを断ち切り続けよう」という話です。

今回は一見危険なタイトルですが、別になんてことはありません。

端的に言えば、「常に自分が~であらねばいけない」という執着に気づきその執着を捨て去ってまっさらに自分を取り戻しながら生きていこうといった事が言いたいだけです。

それを「概念的自殺」と表現しているまでの事。

日々「自分を概念的に殺し続けましょう」。

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では、ゆるりとおおくりします。

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概念的に自分を殺し続けろ!

人は誰しも「~だったらいいな」という理想の自分像や、これまで身につけた常識等によって「~でなければいけない」と言う自分像を持っているものです。

こうした「ある特定の自分像への執着」が強まると、実に精神的に不安定で状況の変化などに対して非常にもろい精神を作り上げる事となっていきます。

例えばですが、「自分はいつも仕事において圧倒的に有能でなければいけない!不手際を起こす事なんて一度たりともあってはならない!」等と強迫的に感じていると燃え尽きたりはたまたウツっぽくなることもあるでしょう。

人間は常に変化し続けるもの故、「常に」とか「絶対に」、「例外なく」等といった強い言葉によって自分と特定の自分像を結び付けると危険なのです。

もっとも、このような特定の自分像への執着は、「断定的な強い表現」を使わずとも起こることですが。

いずれにせよ、特定のあるべき自分や「自分は~という人間だ」といった思考にとりつかれていていい事はないのです。

精神的な柔軟性を欠くことで、人生における幸福感や満足感からははるかに遠のきますし人間関係すら上手くいかなくなってくるでしょう。

「ある特定の自分像に固執するのは適応的ではなく推奨できない」のです。

柔軟な心を持つことが適応的であり望ましいといえます。

そこで今回のタイトルにある様な「概念的な自殺が必要だ」というわけですな。

概念的自殺と言うとかなり物騒ですが、結局概念的自殺とは「自分と特手の自己像を切り離す」、つまり「『自分=~』といった等号により結び付けられた関係を弱めて思考への執着を手放していく」という事を意味しています。

少々余談ですが、禅宗の一派である臨済宗の開祖である臨済義玄さんの言った言葉に以下のようなものがあるといいます。

仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺し、始めて解脱を得ん

※親眷(しんけん)とは、身内や親族の事。 羅漢とは位の高い修行者のこと。

この言葉もいうなれば、「概念を殺すことのすすめ」と言えます。

「自分のこれまで身に着けた常識から離れて自分でものをきちんと考えられるようになりなさい」というメッセージともいえるでしょう。

日々概念を殺し続ける事は重要なのです。


気づきの力は偉大である

さて、概念的に自殺するためにはどうしたらいいのでしょうか?

やるべきことは非常にシンプルです。

それは「自分の感情をありのままに評価せずただ気づくこと」。

まずは、ここからです。

自分がどんな自分像にとらわれているかに気づくことによって少し精神はバランスを取り戻そうとするので安定を取り戻します。

、、、とはいえ、自分が何にとらわれているかに気付くだけで執着を簡単に手放せたら苦労はしませんよね。

実際、結構な人が「あー、自分なんでこんなに躍起になっているんだろー」みたいに感じながらも執着を手放せずにいるかと思います。

それもそのはず。

なんせ、人の心理は放っておくと執着に陥るからです。

常に絶え間なく「気付きを繰り返していく」事が欠かせないといえます。

いうなれば、「日々絶え間なく自分自身を概念的に殺し続けなくてはいけない」という事です。

ここで自分自身の効果的な概念的殺し方を2つ提示しましょう。

まずは、以下のような感情と自分を切り離す脱フュージョンとして定番の方法です。

ネガティブ感情と自分を切り離す方法の一例

1、ネガティブな感情を思いついたら、そのフレーズを小さく声に出しつつ(例:自分は無能)自分の内部にどんな感覚が生じているかに気を配る。

2、再度、ネガティブなフレーズを脳内で繰り返しながら、今度は「~と思った」等とフレーズに付け加え5から6回ほどリピートする(例:私は無能「だと思った」)

3、再び脳内でネガティブフレーズを繰り返し今度は

「~と思った事に気づいている」と付け加える(例:私は無能「だと思った事に気づいている」)

そして、2つ目は「なぜなぜと原因を深く追求していく方法」です。

例えば、「わたしは有能でなければいけないんだ!!」と思考に執着していた場合、その断定に対して「なぜ?」と問うてみましょう。

すると、もしかしたら「だって無能だったら誰にも褒めてもらえないじゃん!」と自分の心は反論して来るかもしれません。

そうしたら、そこにまた「なぜ褒めてもらいたいの?なぜ無能だったら褒めてもらえないって思うの?その客観的な根拠は何?」等のようにどんどん質問攻めしていくのです。

すると、どこからで「ああ、あまりにも特定の価値観や自分像に固執していたなあ」等と気が付く時が来るでしょう。

この「なぜ?」と問う方法は、特定の自己像と自分を切り離すためには結構有効です。

ただ、この方法は「論理的思考が得意な人」にしかあまりすすめられません。

もっと徹底的に自分を殺そうと思うと、

「自分と特定の自分像を切り離したうえで自分が何を大事にしたいか再確認してその大事にしたいものがある方向へと具体的に行動しその行動が実際に正しい方向性に沿ったものであることに気づく」

といった一連のプロセスの繰り返しが必要となるでしょう。

このプロセスを日々回し続ける事が、「自分を概念的に殺し続ける事」の具体的な内容となります。

これはアクセプタンス&コミットメントセラピー(以下ACT)の実践そのものと言ってもいいですね。

自分もまだまだ修行中の身

「無くて七癖」ではありませんが、人にはそれぞれ「こうありたい!」といった理想や過去から現在に至る人生の文脈において「こうあるべきだ!」といった特定の自分像への執着というものがるものです。

これがない人はいないのですね。

どんなにはたから見て「全く何に対して執着も持っていない人」に見えても、内面では執着と葛藤にもがいている人などごまんといるでしょう。

実際の行動を見ても本当に執着にとらわれてそうにない人は、「そんな執着を常に自覚し自分ときちんと切り離し続けている」だけの事と言えます。

人間に生来備わる「気付きの力」とは実に偉大なもの。

人には誰しも、ある意味「神の視点」ともいえる「第三者的視点から自分を見る視点」が誰にでも備わっているのです。

この「神の視点」より自分の感情や自分像への執着を眺める事で、「あ、今自分はとらわれているな!」と察することができるのですな。

そのように気付き執着を弱めていく中で、「自分が本心から向かいたい方向はどこなのか」に対して思索を深めその方向へ歩みだすのです。

それが人生の満足感をもたらしてくれるでしょう。

自分の大事にしたいものの探し方について詳しくは以下参照。

おわりに


この記事は「「概念的自殺」常に自分と概念とのつながりを断ち切り続けよう」と題しておおくりします。

今回はかなり強烈な言葉をタイトルに持ってきましたが、結局言いたいことはシンプル。

「特定の自己像に執着しない様にしよう」

と言うだけです。

日々自分と自分像を上手に切り離しながら生きたいもの。

「朝に生まれ夕べに死ぬ」くらいのスタンスで日々を大事に生きたいものですな。

では!

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