運命なんて過去や未来に対する言い訳だ。運命なんてないし、いらない。
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「わたし昔から要領が悪い不器用だし、容姿も悪いコミュ障、、、何やってもものにならなかった。本当生きること自体に才能がないんだよねえ、、、。だから、本当今の今までみじめなまま生きてきた。人から無能のレッテルを張られ罵倒され、男子勢からはブスきもいの大連呼、、、。もう、こういう運命なんだな、人生うまくいかんもんだ。次うまれてくるときはもっと頭よく美人でコミュ強に生まれたい、、、。」

運命か、、、、んなもんあるかよ、あってたまるか!違うかい?

オニギリス!

脱マンネリストのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「運命なんて過去や未来に対する言い訳である」という話です。

あなたは運命を信じますか?

いきなり、怪しい占い師みたいな質問ですまてん(笑)。

まあ、いろんな考え方があるでしょう。

今、うまくいっていてそれが運命であると思っている方は、この記事そんなよむ必要ないですよ。

今うまくいっていない、ないしこれまでうまくいかないことが多かった人には伝えたい。

「運命なんてねえよ!そんなもん!道は自分の後ろにしかできないんだよ!」てね。

まあ、使い古された言葉だけど開けない夜はないのよ、そして考え方次第ってところはあるんだよ。

では、ゆるりとおおくりします。

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運命てなんぞ?

運命ってなんでしょ?

ベートーベンじゃないっすよ。

まずは辞書で調べてみますかね。

ほい。

運命とは、、、

 人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力。また、その力によってめぐってくる幸、不幸のめぐりあわせ。運。「運命のなせる業」「運命をたどる」

 将来の成り行き。今後どのようになるかということ。「国家の運命」

引用

https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E9%81%8B%E5%91%BD/

どうです?

まあ、予想通りかな?

上述の定義からすると運命って「人知を超えた力」のせいみたいですね。

なんか、いやあね、こういう他力本願的な感じ、、、おっと!私の主観はいらないっすね!

進む道を決めるは自分

個人的に、「運命とは自分が歩んできた道に対して与えられる名だ」と思います

つまり、運命は「先に存在しているのではなく後付けである」ということ。

人が自分の人生を振り返ってそこに何らかの法則性らしきものを見つけた気になって、その「法則性らしき何か」を指して運命といっているに過ぎないと思うんですね。

その法則性らしきものをとらえて、自分の可能性を図ったり、決めつけたりしている、、、、そうです、いうなれば、「可能性をあきらめるための言い訳」にしているって話ですよ。

だから、運命なんて言ってみれば「自分の人生における過去や未来に対する言い訳のようなもの」だといえるのではないでしょうか?

原則、どこへ何をしに行くかを決めるのは「自分以外にはない」と思っています。

まあ正直な話、わたしはいわゆるスピリチュアルとかあの世この世がどうとかって話は好きではありません。

なんで、「元から運命だのが決まってんねん?あほちゃうか?」て複雑な気持ちになります。

まあ、科学がいくら進歩したとしても、絶対にこの世界のすべての現象を説明しきることはできないでしょうから、もしかしたらスピリチュアルとかにも真理が含まれているのかもですが、、、、正直どうなんですかね?

やはり、人間にとって「自分自身で決定した」というプロセスを経ることは心理学的にも非常に重要です。

なので、「人生の進む道は運命により決められている」なんて発想はメンタルに害であるといえる気がします。

もっとも、心理学でも言われることですが、人は意思決定をするときに自分で決めたと思っていても案外環境にその意思決定が左右されているなんて話もありますから、どこまでが「自分の意志なのか」という問題はあると思います。

しかし、「自分で決めた」と自分が納得できればいい、いや、「納得できるようにその瞬間を一生懸命に生きる」ことが大事なんだと思いますよ、強く。

運命によって導かれるとかいう話は「生きているのか生かされているのか」という議論に似た感じがしますね。

運命で決まってるなら、何もしなくても結果は同じ。

逆に、運命が存在しないのなら、自分の今の決定と努力がすべてを決する。

さて、どちらのほうが妥当なんですかね、、、?

わたしは、、、「運命に死を宣告します」。

あなたは、、、、?

参考記事等

運命を不幸になるために使うな

はい、運命という言葉自体に罪はないですし、それ自体にどうこういう気もありません。

しかし、運命という言葉を「自分が不幸になるために使っている人」があまりに世の中には多いと感じます。

「こうなる運命だったんだから仕方ない」

「わたしなんて今まで何もうまくいかなかったから、きっと次もまた駄目さ。わたしは不幸になる運命なんだ。」

、、、、確かに、嫌なことが続けば「次もいやなことがあるかも?」と思ったり、過去の不遇に思いをはせ「自分の人生に不幸の法則性を見出した気になる」のは仕方ないとも言えます。

でも、それは単なる思い込みです。

月並みな言い方ですが「明けない夜はない」、この一言のもとに迷妄の闇を切り伏せましょう。

そんな風に「自分は不幸を運命づけられた人間だ」等と思っていると、「実に不幸と呼ぶにふさわしい人」になり果てます。

元からの運命はなくとも「思い込みが運命を作る」ことは十分にあると思います。

どうせレールをひくなら幸せに向かってレールをひきましょうよ。

それと、運命という言葉でもって「何をしても運命でできないって決まってるから」なんて運命を自分の怠慢の免罪符にするのは論外ですね。

「これから起こるであろうことは、自分の責任である」といういい意味での自己責任の意識がないと不幸にはなるでしょう。

これは運命とかではありません。

心理学的な見地からみた傾向の話です。

何でも自分の意志で決まるなんて傲慢だけど、、

「すべてのことは自分の意志で決められる」なんていうのは、かなりのおごりであり事実上不可能な話です。

それでも基本スタンスはそれでいいのではないかと思います。

ただ、うまくいかなかったときに自分を責めるのではなく、自分に励ましの言葉を送り今までの努力をねぎらい、次の挑戦のステージへと自分を気持ちよく送り出してあげましょう。

「間違っても、自分を責めてはいけない」とだけはいいたいです。

失敗してもいいのですよ。

失敗から学べばいいだけですからね。

そして、もし今自分がうまくいっている人は「自分は運命により守護されている」とか思ってやる気が出るならそれもいいと思います。

そう、役に立つ考えであれば使えばいいのですよ。

ただし、一つだけ気に留めたほうがいいかなってことはあります。

運命で成功の道が決まっているとしましょう。

でも、その道はエスカレーターとかではないので「努力というあゆみ」なくして進めないものです。

しかも、場合によっては「100メートルを1分以内に通過してね」なんて時間制限があるかもしれません。

なので、「運命で成功が決まっている」という自分の可能性を肯定する思考は大いに結構ですが、「基本的には自力で歩く」という姿勢は失ってはいけないですよね。

大丈夫ですよ、成功が運命で約束されてるなら努力はかならずや実を結ぶでしょう。

ま、あんまり期待しすぎるのもあれだけど(笑)。

5、運命の人はいない

運命といえば「わたしの運命の人だ!」なんてことを恋愛で思ったことがある人もいるかもしれません。

あくまで心理学的な視点からの意見ですが、「運命の人なんていません」。

それはあなたのメンタルの状態がよかった時にたまたま付き合っただけのことです。

参考

ですから、あくまで心理学的視点からいうならメンタルの状態をよくしたほうがいいですね。

そういう意味では、「恋愛において運命を感じる瞬間」はメンタルの状態をよりよくすることで、訪れるとは言えそうです。

もし、恋愛をするたびに「運命を感じる」のなら、それはロマンス依存症かもしれません。

「運命の恋」というつぼみが、結局実を結ばず枯れていく、、、それをなんども繰り返しているのなら、明らかにおかしいと思ったほうがいいです。

参考記事等

おわりに

この記事では「運命なんて過去や未来に対する言い訳である」と述べました。

運命を言い訳にせず、自分が納得できる生き方を選ぶのが大事ですね。

明けない夜はないのです。

今の不幸は未来永劫続くわけではないですよ。

本当、一時的なもんです。

そして、運命の人はいません。

待っても無駄です。

待つ暇があるなら、自分のメンタルを安定させることを考えましょう。

そうすれば、いい恋愛ができますからねえ。

待つより進む。

それでいきましょう。

ついでに運がよくなる特徴についての記事置いときます。

では!

参考記事等

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