「子供がブサイクすぎて愛せない」悩みの根底にある心理と対策

今回は以下の様な方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

・自分の子供がブサイクで愛せないという悩みを持っている人

・我が子がブサイクで愛せないと言っている人の心理が気になる人

・話しのネタが欲しい人等

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのオニギリです!

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「子供がブサイクすぎて愛せない」悩みの根底にある心理と対策」という話です。

一般に「どんなに客観的にかわいくない容姿であっても我が子は可愛いもの」だといわれますし、実際わたしもその傾向が社会の主流であると思っています。

しかし、中には「自分の子供がブサイクだから愛することができない、可愛がることができない」という悩みを持っている人がいるものです。

おそらく、多くの人はこんな悩みを持つ人に対して「親失格」等と誹謗中傷の言葉を数限りなく浴びせるでしょう。

ただ、こんな心理になってしまったのにも何らかの理由があるはずですし、本人が悩んでいるのであればわたし達には非難よりも先にすべきことがあると思ってしまいます。

それは、「なぜそんな心理になってしまったのか」という考察やそれを踏まえた仮説検証と理解です。

てなわけで、今回はちょっと「我が子がブサイクだから愛せいない」という悩みの背景にある原因やその対策について考えてみたいと思う次第。

では、ゆるりとおおくりします。

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「我が子の顔がブサイクで愛せない」な悩む人は少数派である

我が子がブサイクであろうとなかろうと自分の子供であれば愛せてしまうのが、割と普通の心理です。

これはいわゆる親バカといわれるものでしょうが、非常に一般的ですよね。

実際、わたしもそこかしこで子供の容姿の良し悪しに関わらず、愛情を目いっぱいそそいでいる夫婦を沢山見かけますから間違いないはずです。

ただ、なぜ親バカという現象が起こるかについては結構気になりますよね?

いわゆる親バカは、主に愛情ホルモンといわれるオキシトシンの作用により起こっている可能性があります。

母親は出産時に大量のオキシトシンにさらされる事で、生まれてくる子供に非常な愛情を感じるようになると言われているんです。

また父親の場合だと、育児に参加している内にオキシトシンが増加してくることが知られています。

そして最近では、オキシトシンが「身内に対し愛情深く外に対しては排他的」という心理を引き起こす事も知られているので、オキシトシンの増加により親バカが起こっても何ら不思議ではありません。

つまり親バカになっている両親は、往々にして「我が子が世界で一番かわいい」と思っているわけですが、これはオキシトシンによる過度の身内びいきだという事です。

オキシトシンを分泌しそれを受容する機構は、人間ならば誰もが備えているものなので親バカになるのは割と普通の事といえます。

それに進化心理学の方面から考えてみても、親バカは理にかなっています。

もし親バカになれなかったら

「どうして子供のためなんかに、わざわざ自分の時間や体力といった貴重なリソースを投入してまで愛さないといけないのか?」

という思考が生じて育児を途中で放棄しかねません。

子に対する愛情が強いからこそ、「自分が損をしてでも子供のためになる事をしたい」と思えるわけです。

そして、その意思が子孫を繁栄させる行動を生み出し、結果として人類が絶滅しないですむって感じですよね。

人類が繁栄するために、親バカは非常に重要な役割を演じているといえるのです。

「我が子がブサイクだから愛せない」と悩む人を人格攻撃したところでまるで意味がない

親バカ、つまり「我が子を盲目的に愛してしまう状態」は、進化心理学的な文脈からすると非常に理にかなった現象です。

人類は、我が子を盲目的に愛するように進化してきたと言っていいでしょう。

そのため「我が子がブサイクだから愛せない」という事例は全体から見るとかなりレアなケースだと言えそうです。

しかし、だからといって、「我が子がブサイクだから愛せないという人は異常者だ」等と言ってのけるのは、ちょっと感情論的すぎてお話にならないんですよね。

問題にすべきは、「なぜそう思ってしまうのか?」という原因の方です。

人はいろんな原因で思考に変調をきたすものですし、一生を通じて性格も変わり続けるのが普通ですよね。

なので、基本的に「今の性格を持ってその人の全てを否定する」という考えは極端すぎるのです。

可能性の多寡はあるでしょうが、いつでも人にはそれなりに変わる可能性が残されているもの。

それに思考の全ての面において平均化された人なんて誰一人としておりません。

本人が気が付いているかは別として、誰でも一つ、いやそれどころか複数にわたって常識から逸脱した思考を持っていたりするもの。

自分と違う考えをしているからといって、違う考えをする人に対し攻撃的になるのはいかがなものかって感じです。

自分だっていつ社会からはみ出すかもわからんのですから、ある程度社会からのはみ出し者にも寛容な風潮を作ったほうがいいと思うんですよね。

まあ、そんなこんなで「我が子がブサイクだから愛せない」という悩みを持つ人に、人格攻撃浴びせるのはよくないんじゃないか?って思うわけです。

ただ、、、愛せないから虐待するなんてのは許せんけどね。

「我が子の顔がブサイクで愛せない」と悩む人の心理の根底にあるもの

完全に推測になってしまいますが、「我が子がブサイクだから愛せない」という人の心理の根底にあるのは、「低い自尊心」と「こじらせた美意識」なんじゃないかと思うんです。

この二つの要因が各人の心の中で独自の比率を構成した結果として、「ブサイクな我が子が愛せない」という心理現象が生じるように思います。

では、以下「低い自尊心」と「こじらせた美意識」の二つについて順次補足していきましょう。

※以下、もっぱら生物心理社会モデルにおける心理と社会に関する要素に着目して補足する。

低い自尊心

我が子を愛せない人は、自尊心が低い傾向があるといえそうです。

特に、自分の容姿を長い事けなされて自尊心が損なわれている場合は、我が子の容姿いかんによって愛せるかどうかが変わってくるケースがままあるように思われます。

例えば自尊心の低い人が、自分の子供のブサイクさを目の当たりにした際は以下の様な事を思うかもしれません。

  • きっとこの子も自分のように容姿の事で苦しむのだろうという哀れみ
  • 自分を見ているようで気分が悪い(特に、自身の顔が嫌いかつ子供の顔が自分と似ている場合)
  • こんなブサイクな子供が自分の子供だと周りに思われるのはいい笑いものだ(親の顔がいい悪いは必ずしも関係ない)

一番上の思考はそこまで害になりません。

我が子の行く末を心配して、「せめて自分くらいは絶対にこの子の味方で居続けよう」という思考が可能だからです。

我が子を愛せなくなるのは、下の2つの場合です。

特に、これまで自身の顔を散々けなされてきたせいで自分の顔が嫌いな場合、生れてきた子供の顔が自分と似ていると

「あたかも自分の嫌いな面を見せつけられているように感じて反発したい気持ちに駆られる(投影)」

というわけですね。

この反発心のせいで、愛情を注ぐどころではなくなってしまうって感じです。

そして、3つめに関しては「いわば子供を自身の承認欲求を満たすための道具としてみている心理」といえるでしょう。

子供を自身の承認欲求を満たす道具としてとらえる人は、周囲から「素晴らしい子供を持つ親」として称賛されたいので、「連れて歩いて自慢できる子供以外は欲しくない」わけです。

なので、ブサイクという事に限らず「知能が低い」等でも十分起こりえますね。

いずれにせよ、自尊心が低いと自分の子供を愛せないリスクがあるとは言えるでしょう。

こじらせた美意識

美意識をこじらせても、「我が子がブサイクだから愛せいない」という事態が起こりえます。

美意識とは、「美に対する考え方や姿勢」といったものですが、これをこじらせると「(自分の中での基準に照らして)美しくなければ価値はない」といった強硬な姿勢が形成されますね。

※何を持って美とするかは時代や文化に左右されるため、美への姿勢は心理的要因であると同時に社会的要因ともいえる。

例えば、美意識をこじらせた思考の例としては以下の様なものがあります。

  • 二重以外はブサイクで恥さらし
  • 顔が大きいやつに人権はない
  • 鼻が低くて上向きな顔なんて醜くて人前にさらしていい顔ではない
  • 人の価値は顔で決まる

整形中毒の人の中には、この手の思考に毒されている人がそれなりにいるように思います。

上記のような思考を持っていると、いざ生れてきた子供がいわゆるブサイクであった時に「なんてひどい顔だ!!見ていて凄くムカつくな!!」等と思ってとても愛するどころではなくなるってわけです。

そして整形にまるで縁がない超絶美人・美男の中にも、「人の価値は顔で決まる」と本気で思っている人がいますよね。

特に、もっぱら見た目で自身の価値が評価される世界(例:夜職、芸能系等)に長くいた人には、よく見られる心理なきがします。

実際、容姿の良し悪しで仕事の増減や成果の大小が左右されるともなれば、「人の価値は容姿だ!」という価値観が出来上がっても仕方ない気がするんですよね。

普通の職業はそこまで容姿なんかで業績に差がつかないの心理的要因であるとどうじにで、「容姿の良し悪しが人の価値だ」なんて思考になる事はまずいないんですが、容姿が売り物になる業界だとまた話は違いますもん。

※ただ、昔から容姿の良さで得をできる事に味を占め自身の容姿を徹底的に利用することに心を砕いてきた人の場合、どんな業界にいたかを問わず「容姿が人の価値」と信じるようになる者もいる。

こういった「人の価値は顔である」という思考にとらわれると、いざ生れてきた我が子がブサイクだと

「なんて、価値の低い子が生まれてきたんだ。将来にはとても期待できない。本当に育て甲斐がなく嫌になる」

等と思いだすでしょう。

「我が子の顔がブサイクで愛せない」と悩む人が、我が子を愛せるようになるために何をすればいいか?

では、最後に「我が子がブサイクで愛せない人」が、我が子を愛せるようになるために何をすればいいかについて考えてみたいと思います。

もうここまで読んできた人ならお察しの通り、「我が子がブサイクで愛せない人」がやるべきことは「自尊心の向上」と「美に対する姿勢の柔軟化」です。

では、順次捕捉していきます。

自尊心の向上

自尊心とは、「自分の至らぬ点と自分の美点をすべてひっくるめて自分のありのままを受け入れる感覚」の事です。

自尊心が高まれば、「自分はあくまでも自分なのだからあまり他人からの評価に振り回されなくていい」と思えるようになります。

そうなると、承認欲求は次第に治まっていきますね。

承認欲求が強めの人は、自尊心の高め方についての記事へリンクから飛んでみた下さいませませ。

んで、自尊心が低い人の中で、特に対策が難しいのは「今まで容姿をけなされてきたことで自尊心が低下した人」です。

この場合、考えられる一番有効な対策といえば、「自分の容姿の良し悪しを問題にしない、ないし自分の容姿を好きになってくれる人達との交流を大事にして自分の容姿をけなしてくる奴とは縁を切る」というものでしょう。

自分の容姿をけなされてきた事で自尊心が低下している人は、「自分は容姿のせいで社会に居場所がないんだ」等と感じている可能性が大いにあります。

そのため、難しいながらも、実際に「自分の容姿を問題にせず内面をきちんと見てくれる人がいるんだ」という事実を自分で体感して納得する必要があるんです。

今の自分の容姿でも別に居場所があるんだと思えれば、自尊心が次第に回復してそこまで自分の容姿にとらわれる事はなくなるはず。

そうすれば、自然とブサイクな我が子への態度も軟化していくと思うんですよね。

美に対する姿勢の柔軟化

正直、美に対する姿勢を柔軟にするのは非常に難しいと思います。

ただ性格は、遺伝と環境(人間関係)の影響がそれぞれ半々の割合で決定されるというので、付き合う人を変えていく事で改善する可能性がありますね。

つまり、美意識をこじらせた仲間とばかりつるんでいるから、あなたはいつまでたっても「美意識をこじらせたまま」だという事です。

美への姿勢を柔軟にしたいのなら、美に対しておおらかで思いやりがあるといったもっぱら内面的な意味で美点を持つ人と沢山交流を持つようにしていくといいってことですね。

美に対して執着が弱まれば、我が子がブサイクであっても「まあ、これも個性よね」とおおらかになれる日が来るかもしれませんから。

なお、美醜に異常に固執する病気に醜形恐怖症というものがありますが、この場合は醜形恐怖を専門とするカウンセラーによる認知行動療法や精神科医に薬を処方してもらう事等で対処する必要が出てきますね。

醜形恐怖症の気があってブサイクな我が子が愛せないという人は、一度専門的治療を受けてみるのもいい選択だと思います。

おわりに

この記事は「「子供がブサイクすぎて愛せない」悩みの根底にある心理と対策」と題しておおくりしました。

今回は結構ヘビーでセンシティブな内容になってしまいましたねえ、、、。

ちと、書いててしんどくなった模様。

まあ、ただあれですよ、「我が子がブサイクだから愛せないのが悩みだ」と思っている時点で、全然親失格だとは思いません。

本当に救いがない、ないし救いが少ない場合って、「ブサイクだからこんな子供大事にできなくて当然だろ!?」て開き直っている場合ですもん。

罪悪感がなけりゃこんな記事にたどり着いちゃいないと思うので、全然何とかなる方だと思うのです。

ま、生れてきた子供に罪はないので、虐待だけは絶対やめてほしいってのはありますよねえ。

とりあえず、最後に言いたいのはそんくらいかな?

では!

参考

親バカ(?)池谷裕二パパの神経科学的な育児日記 『パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学』

Search results for: 醜形恐怖症 - MSDマニュアル プロフェッショナル版

参考記事等

被虐待児の心理的特徴ってどんなもん?子供にとって安心感は不可欠だ。

「自分より不幸な人はたくさんいる」、、、で?だからどうしたのって話

褒め言葉が全部嘘に聞こえる人には褒めるよりも期待を示そう

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