「昔はよかった病」昔はよかったという心理にならないにはどうしよう

「うちの職場の上司がマジで「昔はよかった~」とばっかり言っててウザさマックスなんだが。そんなに昔が良かったならもう人生終わってんね、、、、て正直言ってやりたくなる。」

まあ、気持ちはわかるんじゃ。

確かに毎回言われていると、だんだんと「昔はよかった?あ?知らねえよ?」てなるんよなあ。

たまにはいいが、いっつもはやめてほしいよねえ。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「昔はよかった病」昔はよかったという心理にならないにはどうしよう」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

・昔はよかったという人がうっとおしい人
・昔はよかったとばかり言う人の心理を知りたい人
・話しのネタが欲しい人等

世の中にはやたらと「昔はよかった、、、」なんていう人がいますよね、、、特に男!!

なんでなんでしょうかねえ、、、、?

結構疑問に思った事がある人もいるのではないでしょうか?

今回はそこんとこにちょっとばかし突っ込んでみたいと思う次第。

もし、「あ、おれ言っているわ!」と思ったなら、ちょっと思考を未来の方に向けてみませんか?

なんか人生のピークがもう終わったみたいで悲しいじゃないですかい。

もう後はただ坂を下って死んでいく、、、なんてさ、悲しいでしょう?

ここで一瞬だけ宣伝?ですが、「悩みがあんよなー」て人も「ただ誰かに愚痴を言いたいねん!」て人も悩みが重症化する前に頭をクリアにしてみませんか?

おにぎりのカウンセリングについて詳しくは以下。

では、ゆるりとおおくりします。

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「昔はよかった」は確かにきかされるとウザい

幼少期、わたしはなんか変なくそガキでした。

まあ、大した事でもない事でけらけらと笑ってばかりのまあいわゆる笑い上戸な奴だった点は可愛げがある、、のです。

しかし、それでいて小賢しいというか、人に取り入ることがソコソコ得意でそういった事を狙ってやるガキでした。

そのせいか気がつけば、20前半~年配者までといった幅広い大人に取り入るのが非常に上手くなっていましたね。

なので、昔から「昔はよかった」的な話は死ぬほど気かされてきました。

もちろん、わたしもすごくおしゃべりなのでいろいろと話していましたけども。

一応子供の時分は、昔の日本や人の人生にありがちなこと等に無知であるが故、「そんなこともあるんだ!」等と無邪気に好奇心をたぎらせておりましたよ。

しかしそうして大人の昔話に付き合っているにつれ、ある意識が脳裏をよぎる、、、いや「俺はここにいるぞ!」とばかりに迫ってきていることに気が付きました。

狼狽するほかありません。

その意識とは、

「その話と同じような話は前も聞いた」

というもの。

そう、何十人もの大人の昔話を繰り返し繰り返し聞かされて来た私の頭は、すっかり大人たちの語る「美化された昔像には一定のパターンがある」という事を学習していたのです。

なので、「昔は人と人がもっと助け合って~」とくれば「あー、パターンAですねー、お疲れ様です」、「昔はもっと治安が良くて~」とくれば「あー、はい、パターンBですねー、お疲れ様でーす」といった感じで受け流すようになってしまいました。

もう何度も何度も同じ話をされると、「昔話のゲシュタルト崩壊」みたいなよくわかんない気分になってくるんですよね。

なんか、脳に直接ミキサーを突っ込まれて高速でかくはんされてしまうような、、、なーんか変な感じ。

正直、3時間とかこんな昔話を聞かされていたら、幻術にでもかかったような気分にもなるものです。

少し頭がふわふわするっていうね。

ただ、こうした一般化できる話はまだいいのです。

一番厄介なのは、「俺は昔凄かったんだぞ」といったタイプの男性がよくしがちな武勇伝を交えたタイプの昔話ですね。

毎回同じような話を聞かされる点は同じなのですが、厄介なのは「毎回リアクションをどうとるかを悩む」という点です。

最初の頃は純粋な好奇心から「え!それは凄い!」みたいな感じで聴けるのですが、6回目くらいになると「、、、それもう聞いた」と何とも言えない気持ちになります。

でも、そうなってからが本当に大変。

こっちとしては内容に目新しさがないので興味がなくなっており、対応が淡白になってきます。

で、ある時、「凄いですね」みたいなことを言うと、なんか不機嫌になる人がいたんですね。

その時のわたしとしては「ん?なんかまずいこと言った?」という感じでしたが、後になってみてわかったのは「子供のくせに対等に俺のやった事を評価しようとしやがって失礼だな」みたいなことを思っているという事でした。

これは体験から推測した結論ですがおそらく間違いないでしょう。

こういった経験をしてから、わたしは「大人の自慢話には驚いて見せるといいんだ」と学習しました。

で、これはやはり今でも真実だと思っています。

男女問わず、相手の業績に対して単に凄いです等と言葉でいうよりも、ある程度大きく驚いて見せるのが有効なんです。

しかもこれは自分よりも年長の人や職位が上の人になるほど効果的ですね。

みんな得々と自分の自慢話をし始めます。

そうしたら、こっちはひたすら聞いてあげればいいんです。

大抵、気分をよくして「お前いいやつだな!」みたいな感じで終わります。

でもね、こういった昔話は一度ならともかく何度もされると結構「うっざ!」てなるものです。

そんな事もあり、わたしは自慢話や昔はよかった系の話は死んでもしないって思いましたね。

「昔はよかった」と思う心理の背景にあるもの

昔はよかったという人の心理には、なんだかわたしは共通点があるような気がしています。

その共通点というのが以下です。

  • 過去をやたら美化している(脳の特性故仕方がない事ではある)
  • 自分の全盛期はもう過ぎたと思っている

大体この二つのような気がしますが、1つ目はまあ人類共通のものなのでいいですが厄介なのは2つ目です。

「自分の全盛期を過ぎた」と思っているタイプで、「昔は良かった」的な昔話をする人は凄くめんどくさいんですよ。

このタイプは必ず自分の過去の栄光話を絡めてくるのですが、他人にかなり大きなリアクションを求めてくるし何より高圧的です。

でも、これはある意味必然ですね。

なんせ、「過去の自分をもう超えることはできない」訳ですから、「何とかしてその全盛期を誇らしいものにしたい」という意識が強くなってしまいます。

なので、こういった人の前で同様の分野でもっと凄い業績を出した人の話なんてしようもんなら、かなり嫌な顔をされますよ。

イッキに険悪な雰囲気になります。

またまいかいの過去に何らかの大きなことを成し遂げている人ほど全盛期を過ぎると、それ以後と全盛期のギャップで自分のプライドが保てなくなりがちな気がするんですな。

そうすると、必然的に自分のプライドを防衛するために「昔の俺はすごかったのだ」としきりに周りにいい、

自分の武勇伝を周囲に承認させようとするようになるってわけです。

まあ、みじめですな。

自分がこれからただただ落ちていく恐怖を紛らわせるために、過去にすがっているという見方ができますよね。

あと年配の人の昔はよかったみたいな話を聞いていると、本当に何ともしんみりした気分になります。

本音を言うと、わたしは大体「ああ、もうこの人は老い先短いと思って未来への希望を捨てているのかなあ」て感じでとらえておりますね。

もう先がないからこそ、美化された過去にすがって何とか命をつないでいるんだという何とも言えない気持ちになりますな。

ま、あくまでもわたしが「そういう気持ちになってしまう」というだけですけどね。

逆に、「まだまだこれから!」って気持ちで生きている年配の人も沢山いるので本当に凄いギャップです。

結局、「今を生きる」しかないんだよね

いつまでも実力等が右肩上がりに伸びていけばいいですが、まあそうもいかないものです。

加齢に伴って体も精神も朽ちていってしまうものですからねえ、、、。

頂点に達すればあとは下るのみ。

仮に体の老化を逆転できる技術が開発されたとしても、精神の老化は食い止められないなんて話がありますのでやはり全盛期は存在し続けるのでしょう。

そうなってくると、どこかで割り切るしかなくなってきますよね。

結局、人は「今を生きるしかない」んだと思います。

過去に何をしたかは社会的信用を得る上では重要な実績ですが、やはり意識は常に未来を向き「過去の自分は過去の自分、今は今の自分としてベストを尽くす」といった姿勢が必要なのではないかと思うんですよね。

しかし、言葉でそうはいってもとても簡単になんて割り切れません。

上述のように、過去に偉業を成し遂げた人ほど落ちていくみじめさに耐えられないでしょう。

時に、みじめさに耐えきれず自殺してしまいたくなる人すらいるかもしれません。

わたしも何についてとは言いませんが、漠然と年を経るごとに人とは「可能性という何にもまして代えがたい財産」を日々失って言っているんだなあと思ったりするものです。

そういった「希望がないことからくる絶望感」は容易に人を殺すのだろうとも思えます。

まあ、わたしは何もしちゃいませんけどもね。

なのでこの記事の前段で、「自慢を絡めて昔はよかったなんて話をしきりにしてくる人はいやね」なんて言っていましたが、まあ他人ごとではないんですよ。

そういった事を言いたくなる心情も理解はできるんです。

しかし、、、それでも、、、それでも、失った可能性はもう取り戻せないので、「今この瞬間の自分の持っている最大限の可能性を活かしきることに徹する」しかないかなっていう気もします。

そう、マインドフルネスです。

「今のこの瞬間を味わい尽くしかみしめながら自分の可能性をフルに生かし切っていく」んですな。

その一瞬一瞬の積み重ねが、長い長い一本の人生という美しく生き生きとした時の糸をなす、、、まあそんな気がするわけです。

人生は分解してみれば一瞬一瞬の時の欠片の集合体ですからね。

一かけらを丁寧に丁寧に作りこんでいく事が、「後悔の少ない自分の最高傑作としての人生」を作る事になるんだと思うんです。

という事で、「今の自分に残された可能性を信じて未来を向き続ける」という姿勢を持ち続けましょう。

「今この瞬間」に目を向けましょうぞ。

、、、とまあ、こんな偉そうなこと言ってわたしも人生に迷える子羊の一頭ですからね。

読者のみなさんと同じです。

常に葛藤はあるもの。

しかし、葛藤から目をそらしてもいいことはないので、まあ自分なりに向き合っているつもりというだけです。

とりあえず、ある程度肩の力抜いてお互い葛藤と向き合っていきましょうかね?

葛藤と向き合う方法については以下からどうぞ。

おわりに

この記事は「「昔はよかった病」昔はよかったという心理にならないにはどうしよう」と題しておおくりしました。

「昔はよかった」という言う人は世の中に沢山いますが、あんまり言わない方がいい言葉であるとは思います。

とはいえ頂点に達すればあとは下るのみなので誰でも自分の全盛期と今やこれからを比べたらそれなりにゆううつな気分になるものです。

ただ、そうはいっても過去には戻れないわけですし、仮に体の老化を逆転できるようになっても精神の老化を逆転するのはかなり難しそうな気がします。

そうであれば、「今残された自分の可能性」に着目してそれを上手く活用することを考えるしかないですよね。

まあ、しんどいですけども。

いやあ、しんどいですわな。

では!

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