今回は以下のような方に向けておおくりします。
・人の努力を笑う人の心理について気になる人
・他人からの評価に左右されて自分のしたいことが中々できない人
・話しのネタが欲しい人等
オニギリス!
脱マンネリストで心理カウンセラーのオニギリです!
今回もよろしゅう!!
今回の話題は「努力している人を笑うのは勝手だけどとても非生産的な行動である」という話です。
何かを成し遂げるために努力をしようと思っても、「人から笑われるのが嫌だから一歩を踏み出せない」なんて思っている人は結構いるでしょう。
また、単純に「どうして頑張っている人を笑う人がいるのか疑問に思っている人」もいると思います。
でも、人の努力を笑う人なんて何のことはない、「相手にするだけ無駄な人たち」である場合がほとんどなんです。
なので、どんなに笑われようと努力をしつづけた方がいいですな。
そして、そもそも「人の努力を笑う行為自体非常に非生産的な行動である」という事も覚えておくべきでしょう。
今日は主観多めの内容ですがよろしゅう。
ここで一瞬だけ宣伝?ですが、「悩みがあんよなー」て人も「ただ誰かに愚痴を言いたいねん!」て人も悩みが重症化する前に頭をクリアにしてみませんか?
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では、ゆるりとおおくりします。
目次
人の努力を笑うかどうかなんて人の勝手でしかないが、、、
よく「人の努力を笑う権利なんて誰にもない!」なんて言い回しがなされますが、そもそも「他人の努力を笑うかどうかなんてその人の勝手」でしかありません。
おそらくモラル的にはいい事ではないのですが、「やりたい人は勝手にやるよね」て話です。
法律で罰則でも定められれば、多少は抑制できるんでしょうが。
なので、他人が頑張っているのを見てバカにして笑う人はいくらでも湧いて出るのです。
もはや、気にしていてもキリがないですし、他人に笑われて恥をかくことを恐れていると何も一生懸命に頑張れなくなります。
努力する時にいちいち他人に笑われるのを気にするべきではありません。
ただただ自分のすべきことに集中していくべきであって、他人の嘲笑に等耳を傾けるべきではないんです。
そして、後述しますが、そうやって努力を恐れるようになると、自分自身も他者の努力を笑わないとやっていけない様な心境になってきてしまいます。
他人の努力を笑うという姿勢は、実益という観点から見て「非常に損しかない」ので、人の努力を笑う人になるのは望ましくありません。
むしろ、どんな人であっても「努力している人は自分と同じ仲間である」くらいの意識を持つ方が充実感のある人生を送れる可能性が高いです。
人の努力を笑う人の心理と人の努力を笑うデメリット
では、ここからは人の努力を笑う人の心理とそのデメリットについて見ていくとしましょう。
まずじゃ、人の努力を笑う人の心理について列挙してみると以下のようなものがあるかと思います。
- 自分の能力の向上に限界を感じているが、過去の自分の失敗等を肯定したい
- 自分より優れた人間に出てきてほしくない
- ストレス等で心身ともに疲弊してイライラしている
- 人に苦痛を与える事自体が快楽の変態
以下補足です。
・自分の能力の向上に限界を感じている、過去の自分の失敗等を肯定したい
「人の能力は生まれた気に決まっていて変えられない」とか「もう自分は頑張ることはできない」等と成長すること自体を放棄してしまった人は、必死で努力をしている人、特に「自分よりも恵まれない境遇や条件で努力している人」の事を「やっても無駄だ」と切って捨てる傾向がある気がします。
これはよくいえば現実的で悪く言えば悲観的と言えるでしょう。
例えば、自分が過去に起業に失敗した人が自分と同じような境遇にいる人を見て、「あいつ馬鹿だな。どうせ失敗するのによ」とバカにして笑うなんて感じです。
これは一種の自己防衛と言えます。
過去の自分の失敗を「あれは仕方がなかったのだ。自分は間違っていたのではない」と自己正当化するために、過去の自分と似たような人の努力を馬鹿にして見せるという事です。
過去の失敗から学んで次こそは成功させようと努力を続けるならまだしも、他人をこき下ろすようになっては目も当てられません。
過去に失敗したかどうかが問題なのではなく、「今成長しようという姿勢を放棄してしまっている」という事こそが重大な問題です。
・自分より優れた人間に出てきてほしくない
他人の努力を笑う人の中には、「自分よりも優れた人間に出てきてほしくないから馬鹿にして笑う」と言う人が一定数います。
他人が努力しなければ自分は相対的に優位に立てるので、やる気のある人をあらかじめつぶしておこうという魂胆なわけです。
この心理に陥る人もやはり、「自分の成長に限界を感じている」事が多いでしょう。
自分にはこの先伸びしろがないからこそ、「他人の成長がうとましい」のです。
何とも不毛ですよね。
・ストレス等で心身ともに疲弊してイライラしている
ストレス等によって心身ともに疲弊してイライラがたまっていると、「他人が一生懸命に努力している姿が目障りに思えてくる」なんて事があります。
他人の頑張っている姿が、「疲れて動けなくなっている自分への当てつけ」のように感じられるという事です。
特に自分と似たような境遇なのに頑張っている人を見ると、「なに?こんなに自分はへとへとになっているのにまだ場頑張れっていうのか?」と感じることあり得ます。
これはいいとか悪いとかもそうですが、「そもそも疲れているんだから仕方ない側面もある」といえますね。
こんな風に他人の努力が目障りになっているのなら、すぐにでも『休むと決めて休む』のが重要ですね。
なんとなく、休むのではなくしっかりと「これから~時間は何もせずに休む!」とか「今日一日は何もせず休む!」と決意して休むんです。
何となく休むと、休んで何もしないこと自体に罪悪感を覚えたりするので休養の効果が十分に発揮されませんからね。
なお、日ごろからストレス対策もしっかり行っておきましょう!!
また、好奇心を向上させるのもおすすめです。
・人に苦痛を与える事自体が快楽の変態
本当に悪質な人間になると、「他人が苦しんでいるのを見るのが楽しいからバカにする」という発想をします。
例えば、ネットでアンチ行為を行う人間なんて言うのはその類です。
性格的にはサディストかつサイコパスに分類できるでしょう。
この手の人間とは何としてでも縁を切らないといけませんんね。
関わりあうこと自体が害悪ですから。
努力は報われるとは限らないけど努力しないと成功する可能性はゼロ
自分が欲しいものがあるのであれば、努力をするしかありません。
しかし、努力は必ずしも報われません。
でもだからと言って、努力しない事には何も変わらないし変わりません。
努力して成功する可能性は絶対ではないですが、「努力しない事には成功する可能性はゼロのまま」。
自分が本当に向かたい場所や欲しいものは何か、それが分かっているのなら周囲からの嘲笑などはすべて無視して努力をすべきです。
どの努力が報われるにしろ完全には報われないせよ、
「自分なりに納得できるくらいにやり切らないと後悔が残る」のですから。
死に際に「一応自分のやりたい事には一通り挑戦した!」と言える人生の方がいいはずです。
他人の目を気にするよりも自分のやりたい事に徹しましょう。
他人の目を気にしなくなるためには、脱フュージョンが効果的。
脱フュージョンについては以下参照。
おわりに
この記事は「努力している人を笑うのは勝手だけどとても非生産的な行動である」と題しておおくりしました。
人の努力を笑う様になってしまっては、自分の成長が止まってしまうので非常によろしくありません。
いつまでも、自分の可能性を信じて努力を続けていけるようでいたいものですな。
そのためにもストレスの為過ぎや自己卑下はしないようにしていきたいもの。
各自自分のペースで上も下もみず自分のすべきことに徹しましょう。どりょ
では!