「人生は苦である」ならば、私達はどう人生と向き合っていけばいい?

「釈迦が人生は苦であるみたいなこと言ったというよね。まあ、やっぱ卓見だよねえ。人生なんて生まれた時点で苦しむことが確定しているクソげーやん。生まれない方がいいに決まっているよ。」

んー、どうなんだろうねえ。

気持ちに理解できるとこともあるが、生きることは苦であるとしても生れてしまったものは仕方ないねえ。

今から死ぬなんて苦しいしいいことだと全く思わんから、なんとかなるべく苦しみを減らし幸福を増やして生きるのが最善だと思うなあ。

オニギリス!

脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。

今回もよろしゅう!!

今回の話題は「「人生は苦である」ならば、私達はどう人生と向き合っていけばいい?」という話です。

今回は以下のような方に向けておおくりします。

こんな人が読むと役に立つよ

人生苦しい事が多くてうんざりしている人
・人生との向き合い方を考えたい人

当ブログにて結構数回にわたって取り上げている話題ですが、人生は結構苦しいことが多いというかまあ「生きているのってだるくね?面倒くせえよ」て思うことが結構ありますよねえ。

正直、人によっては「死こそが最高の救いである」なんて思っていたりするかもしれません。

まあ、わたしはそういった意見に対し肯定する気持ちも否定する気持ちも一切持っていませんので「ま、そう思う人だっているだろね」くらいにしか思わないです。

しかし、そもそも人生なんて誰にとってもそれなりに面倒だし辛いものなんじゃないかって思うんですね。

そう、「みんな同じ思いを持った仲間じゃん」とも思うわけですよ。

人生が辛いなら一人で立ち向かわなくていいって事が言いたいのです。

皆で協力して人生という敵(この言い方が適切かは今回置いておく)に立ち向かっていこうじゃないですか。

一人だから大変なんですって。

ま、そういう事。

では、ゆるりとおおくりします。

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人生は苦である

仏教には「一切皆苦」という思想があります。

これは凄く簡単にいうと「人生は思い通りにいかないもんだ」という感じの意味です。

※仏教では「苦」を「思い通りにならない事」と言った意味で用いている。

参考

なので仏教的な文脈でいうなら、「人生は苦である」という言葉を聞いて「ああ、人生って苦しい事や悲しい事ばかりなんだ、生きていたくねえ」と考えるのは、「歪んだ解釈かもしれない」というわけです。

まあ、とはいえ苦の具体例を見てみると「いやあ、やっぱり生きるのいやだわ」と思うかもしれませんけどね。

その苦の具体例というのが以下の「四苦と八苦」というもの。

  • 死:死んでいくこと
  • 病:病になること
  • 老:老いること
  • 生:生まれること
  • 五蘊盛苦(ごうんじょうく):五蘊(人間の肉体と精神)が自分の思うがままにならないこと
  • 怨憎会苦(おんぞうえく):怨み憎んでいる者と会うこと
  • 求不得苦(ぐふどくく):求める物が得られないこと
  • 愛別離苦(あいべつりく):愛する者と別れること

うん、まあ「ダリぃーな生きてなくていいわ」って思った人もいるかな?

ま、わたしも割と「うっわ、めんどくせ」と思わんでもないです。

でもまあ、個人的にはこの苦の内の「老」に関しては近い将来克服できる可能性もあるし「病」も医学の進歩でかなり治せるようになっているので、そこまで悲観しなくていいと思っています。

正直、お金さえそこそこためとけば何とかなる時代が来るかもしれないって思っていたりしますな。

ま、、、かなり悠長ですけど、そんな気がしています。

嫌なこともあるけど、今のところ別に生きててもいいんじゃないかなって思ったりします。

人生が苦であるならば人は生まれてこない方が良かったのか?

「こんなに苦しいなら生まれてこなければよかった」等と感じる人もいるでしょう。

事実、反出生主義という思想を持っている人たちはこのような考えをしている傾向がありますね。

当ブログにて散々反出生主義という思想について取り上げてきましたが、反出生主義の立場をとる人はなんとなく「人生に少しでも苦しみがあること自体がもう駄目」と言った少々完璧主義気味な考えをしている気がします。

まあ、あくまでも「気」ですがね。

確かに、わたしも「苦しみは少なければ少ない方がいい」と思うたちですが、やはり人生には「避けられない苦しみというものもある」と思っています。

なので、そういった不可避的苦しみに関しては割り切っていますね。

反出生主義者の人は「苦しみ」というものに、あまりにもフォーカスしすぎているんじゃないかなって気はします。

心情的に理解はできるんですが、もう少し苦しみを人生における糧にするようなポジティブなものとしてとらえなおしたりするといいのではないかと思ってしまいます。

例えば、ホルミシスという考え方がありますが、これは非常に簡単に言うと「少量の毒は体にむしろ有益である」というものです。

これを「人生における苦しみ」に対して適用すれば、「適量の苦しみを経験することで心はもっともっと強くなる」という事ですね。

苦しみという毒もそれが適量なら、心を育てるための肥料となるというわけです。

とはいえ、その考えに至った背景に幼少期のトラウマがあるなどというのであれば、まずはそのトラウマの除去から始める必要があると思いますね。

苦しみを受け止めるには、それに耐えられるだけの「基礎的な精神力」が必要です。

その基礎的な精神力を養うためには、まず心を弱らせる元凶をできる限り取り除いておき心が元気になりやすい状況を整える必要があるという事なんですね。

人生という敵に立ち向かうには?

あえて人生を敵と表現してしまいましたが、まあこれは「何となく立ち向かうという語にマッチしているから」という程度の事なのであまり気にしないでください。

人生はいらない試練を次から次へとブンブンわたしたちに投げつけてきます。

頭を使って回避しても回避しても全てをさばききることなんて到底できません。

いくら苦しみを回避しても回避しきれず、何かしらの苦しみには当たってしまいます。

かといって、「ええい!ままよ!」とわざわざ正面からあたりに行くのでは心が持たないというものです。

では、わたしたちはどうしたらいいんでしょうか?

もちろん、個人ができる努力としては脱フュージョンやメンタル強化、迷走などと言った様々な方法があります。

しかし、最も大きな武器は何といっても「苦労を分かち合う仲間」ではないかと思うんです。

この世に生を受けた人間は程度の差こそあれ、みな「同じ苦しみを共有した仲間」ですから、そういった仲間と共に人生という難敵と対峙すれば自分一人で孤軍奮闘するよりもはるかに気持ちが楽だと思うんですね。

結局は、「信頼できる友人やパートナー、親類等を持とう」という事が言えるでしょう。

まあ手あかのついた表現でいうなら、「喜びは2倍に悲しみは半分に」って感じですね。

仲間をもった方が人生は楽しいし、苦しみも少なくて済むという事です。

一人でふさぎこまず多くの人と繋がってみたり、その中からさらに深いつながりを作ってみたりすればきっと人生は楽しくなると思います。

おわりに

この記事は「「人生は苦である」ならば、私達はどう人生と向き合っていけばいい?」と題しておおくりしました。

人生は結構なんだかんだ苦難の連続だったりしますので、一人だけで立ち向かっていくなんて無理があります。

言い古されている感がありますが、信頼できる人が複数いるならば苦しみをいくらか軽減されると思うんです。

人とのつながりっていうのはかなり重要だと思うんですよね。

、、、また、いつもかわり映えしない結論になっている、、、、。

でも、まいっか。

だって事実じゃないかって思いますからね。

一人で戦おうとなんてしなくていいのです。

では!

参考記事等

「無償の愛を信じるのはバカ?」『無償の愛』は難しい以前に論理的に存在しない。

興味のない人からの好意が気持ち悪いのなぜなんだろうか?

「生まれてこなければよかった」を「生まれてきてよかった」に変えるには?

よく聞く「メメントモリ」の本当の意味ってなあに?「人名ではない」

参考

https://www.nichiren.or.jp/buddhism/shaka/02.php

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