ありのままを受け入れてほしいと思うのはアリなのか?それともナシなのか?、、結構気になりますよね。結論から言うと、ありっちゃありです。というか、人の思考にいいも悪いもないので問題ありません!
しかし、これが恋愛を含む他人との人間関係を上手くこなすという目的であれば、明らかに不適応な姿勢。ありのままを受け入れるべきは、あくまでも自分です。
今回は、ありのままを受け入れると思う事のありなしや、受け入れてもらうための戦略について考えてみます。あなたの人間関係構築の参考になる内容があるかもしれません。どうぞよろしゅう。
目次
ありのままを受け入れてほしいと思うのはアリ
冒頭でも言及した通り、「ありのままを受け入れてほしい」と思う事自体は全然アリです。というか、人の思考は自動発生的に生じてとめどないものですので、思うこと自体をとがめる事など誰にもできません。
さらに言えば、人は皆この手の欲求を多かれ少なかれ持っているものですから、「ありのままを受け入れてほしい」と他人に対して思うこと自体はごく当たり前であるといえます。
生きていれば、人は他人にはとても言えないような醜い秘密を1つどころでなく持ちますし、自分の心の醜さに辟易する事もあるでしょう。
そんな汚れちまった悲しみを感じつつ、そんな醜さをも受け入れてくれる人がいたら、、等と妄想する事だもあると思います。やっぱり、どんなことがあっても味方でいてくれる存在を望んでしまうのが人間の性というものです。
他人にありのままを受け入れてほしいと思っても基本的に無駄な3つの理由
前述の通り、他人に「ありのままを受け入れてほしい」と思うこと自体は、人に等しく存在する自然発生的なある種の本能のようなものなので、そもそもいいとか悪いとか言えません。
しかし、現実的に考えると、この望みはまずかないません。それどころか、表面化させれば対人関係を悪化させる要因となる事すらありえます。その理由は、以下の2つ。
- 無駄な理由①:ありのままは自分では中々わからない
- 無駄な理由②:他人は自分の機嫌を取ってくれない
無駄な理由①:ありのままは自分では中々わからない
他人にありのままを受け入れてほしいと思うことが基本的に無駄な理由の1つ目は、そもそも「ありのままの自分は自分では中々わからない」ということです。
ありのままの自分という言葉は、一聴すると、何か意味ありげですがその実何も具体的な事柄を言い表してなどいません。まあ一言で言って実に空虚な言葉です。
実際、ありのままとはいったいどんな状態なのかを真剣に考えると、よくわからなくなるのが通例。なにせ、現状の自分の精神状態や思想といったものは、自分であっても正確にはつかみきれないものなのですから。
そんな風に、よくわかりもせずに発するありのままは、人によっては単に「自分のわがままを聞いてほしい!」というヒステリックな叫びにしか聞こえないこともしばしばでしょう。
無駄な理由②:他人は自分の機嫌を取ってくれない
他人にありのままを受け入れてほしいと思うことが基本的に無駄な理由の2つ目は、そもそも「他人は自分の機嫌を取ってくれない」ということです。
ここ数年しばしば目にする名言?に、「自分の機嫌は自分で取りなさい」というものがありますが、これは確かにその通り。現代を生きる多くの人は、自分のメンタル維持に手いっぱいで、他人のメンタルケアなんてしている余裕はありません。
ありのままを受け入れるとは、自分のつた、い部分もいい部分も含めて受け入れるということを意味します。自分のことで手いっぱいになっている人に、自分の重荷も背負ってくれというのはさすがに無理というものです。
そのため、関係をうまく構築しておこうと思うのなら、親しき中にも礼儀ありではないですが、相手にとって魅力的だったり快適な性格を多少なりとも演じつつ、戦略を練って行動する必要があるといえます。
ありのままの自分は実は幻想にすぎない
「ありのままの自分」という言葉は、えてして「本来の(あるべき)自分」というものを想定してなされることが多い印象です。しかし、そもそも本来あるべき自分などというものは存在しないので、これを前提にした場合のありのままの自分は幻想にすぎません。
というのも、人の内面は常に環境の作用を受け、絶えず変化するものだから。所詮、ありのままを受け入れてほしいという願いは、前述のように「わがままを聞いてほしい」という願いと同類です。
わたしはありのままについて、過去にエックスにポストしたことがありますが、上掲のポストのように基本的にありのままは自分が受け入れるべきもので他人に受け入れてもらおうとするものではありません。
先ほども言ったように、ありのままを受け止めてくれる人など、精神的に余裕のある人だけですし、そうした人でもいつでも精神的に安定しているとは限りません。
さらに言えば、他人に対して「ありのままの自分を受け入れてほしい」と願う人は、他人の評価や存在を自身の存在のよりどころとしすぎているけいこうがままみられます。
これでは、他人の意向次第で簡単に自分の存在価値が吹き飛んでしまうので、大問題です。自身の価値と他者の存在は、できる限り切り分けていけるといいですよね。まあ、難しいですけども。
ありのままをうけいれてほしいと思う人にありがちな4つの特徴
先ほど、少しだけ言及しましたがここで改めて、個人的に観察した結果として、ありのままをうけいれてほしいとことさらいっている人に、ありがちと思われる特徴についてみていきたいと思います。
ありのままをうけいれてほしいと思う人にありがちな特徴は、以下の通り。
- 特徴①:他力本願
- 特徴②:精神的体力不足
- 特徴③:理想主義
- 特徴④:悪い意味で我が強い
特徴①:他力本願
ありのままを受け入れてほしいとことさらいう人には、全体的に他力本願な思考をする人が多い印象があります。
とはいえ、すべての事柄について他力本願というわけではなく、こと人間関係においてはという話ですが。自分から他人に合わせていくのは、しんどいので向こうが合わせてくれという思考をしているわけですね。
これでは、知り合って間もないころであれば、気づかいのできる人になら配慮してもらえるでしょうが、時間経過とともに「なんて自発性がないんだろ」とか「協調性がないな」などと疎んじられかねません。
やはり、人間関係は互恵的であるのが理想的。他方に負担ばかり強いるのでは、早晩その関係は崩壊してしまいすよね。
特徴②:精神的体力不足
ありのままを受け入れてほしいとことさらいう人には、全体的に精神的な意味合いで体力不足な人が多い印象があります。
より具体的に言うなら、精神的に余裕がなく自分の事で手いっぱいになっている状態の人が多いということ。相手への配慮を行おうにも、自分の精神状態が不安定では中々うまくいかないので少々この場合は、責められないとことはありますよね。
ただ、やはりそうはいっても、精神状態が不安定な人に対して周囲の人間に際限ないケアを要求するのも筋違いではあります。やはり、ある程度は自分でメンタルを整えるという自助努力は欠かせないでしょう。
どうしても、自助努力では無理というのであれば、それこそ心療内科におもむくなどして専門家の力を借りるべきでしょう。
特徴③:理想主義
ありのままを受け入れてほしいとことさらいう人には、全体的に理想主義な人が多い印象があります。
つまり、「~であったらいいのに」とか「~は~であるべきだ」などと、現実を直視するよりも先に自分の願望を優先してしまっている人ということです。
もっとも、人生に意味を与え幸福感を感じて生きる上で、理想や自身にとって価値のあるものを想定する事は非常に重要です。人は希望があるから生きられるもの。理想の追求は、希望の源泉ともなりえます。
ただし、これは現実の状況を正しく認知している場合の話です。自分の願望によって現実をゆがめてとらえてしまっては、一向に思うように進まないので現実に対する不満ばかりが増大し被害者意識だけが強くなるでしょう。
特徴④:悪い意味で我が強い
ありのままを受け入れてほしいとことさらいう人には、全体的に悪い意味で我が強い人が多い印象があります。
少し強い言い方をすると、ありのままにことさらこだわる人は、先ほども言ったように「自分は変わりたくない!お前が変われ!」といった思考が根底にあり、その思考に対する執着が強いともいえるわけです。
とはいえ、こうした人の中には、幼少期から他人に受け入れてもらえて来ず自己肯定感が育たなかった人が比較的多いので、あまり非難するのもどうなのかといった気がするのも実際ではありますよね。
ただ、こうしたがの強さが人間関係での軋轢の元凶となるのは自明の理なので、できるだけ柔軟な姿勢で人と向き合っていけるのが理想といえば理想です。
ありのままを受け入れてもらう戦略3ステップ!
ここまで、ありのままを受け入れてほしいと考える人に対して少しきつい内容ばかり書いてきた気がするので、最後はありのままを受け入れてもらうにはどうするかという視点から方法を考えてみたいと思います。
ありのままを受け入れてもらうためにふむべきステップは、以下の通りです。
ステップ①:変に下手に出ず堂々とふるまう
ステップ②:自分の強みを打ち出す
ステップ③:弱い部分を少しづつ見せる
ステップ①:変に下手に出ず堂々とふるまう
自分のありのままを受け入れてほしいのであれば、まずは、変に下手に出ず堂々とふるまうのが重要です。
自分のありのままを受け入れてもらうための最低限の下地として、変にした手に出ることなく堂々としていることが必須。自信がなさそうなだったりき弱そうな雰囲気を出していては、ぞんざいな扱いを受けかねません。
とはいえ、自信が過ぎて横柄になっても、第一印象という意味では最悪なので注意が必要です。コミュニケーションをとる時は、相手に配慮しつつもきちんというべき事は言うようにするのがいいでしょう。
自分に自信がありそうなポジティブな雰囲気は、自然と人を良い意味で引き寄せます。
ステップ②:自分の強みを打ち出す
自分のありのままを受け入れてほしいのであれば、自分の強みを打ち出すのも重要です。
自分のありのままを受け入れてほしいと思う人は、「他人に自分の弱い部分も許容してほしい」と思っているのが通例ですが、いきなり弱みをさらすと程度次第では相手から距離感の分からない人として嫌煙されかねません。
弱みを見せてそれを受け入れてもらうためには、まず土台となる信頼関係を築く必要がありますから、最初の内は自分の強みを前面にアピールし自分に尊敬できる面があることを伝えていきたいものです。
そうして、信頼関係が構築できればこそ、あなたが弱みを見せても相手は受け入れてくれるようになってきます。
ステップ③:弱い部分を少しづつ見せる
自分のありのままを受け入れてほしいのであれば、弱い部分を少しづつ見せるのも重要です。
ステップ2までで相手から最低限の敬意や信頼を得たなら、弱みを出していってもそれを相手は個性や人間味として受け取ってくれるようになってきます。
ただ、先ほども言った通り、人にはそれぞれ相手の弱みを受け入れるキャパは、ある程度決まっているので、相手が許容できる範囲で出していくのが重要です。
そのため、自分の弱みを徐々に出していってどの程度までなら許容されるかを観察していくのがおすすめですよね。徐々に出していけば、相手のキャパオーバーになって嫌われるリスクはかなり減りますから。
ありのままをうけいれてほしいと思うなら戦略を練って行動すべし!
ありのままを受け入れてほしいと思うこと自体に罪はありません。思うだけなら自由ですし、そもそも人間はみなそういった感情を持つものです。
ただそう思うならば、受け入れてもらうためにふまなければいけない順序というものがあります。いきなり、「うけいれて!」などといわれても困惑してしまいますし、そもそも相手の許容できる度合いというものもあります。
ありのままを受け入れてほしいと思うのなら、少しづつ仲を深めてその中で徐々に素を出していくといった戦略をとるのが賢明ですね。