「もうあれだわ。もう出世とか年収1千万越えとか無理そうだし俺のキャリアとか死んだわ。もう一生負け組確定やん。おもんな。働く気とかうせるわ。てか、もういいって人生終わっていいって。」
勝ち負け決めるの早すぎなんやで。
人生死ぬまで勝ったか負けたかなんてわからんやん。
ま、そもそも勝ち負けとかいらんけど。
オニギリス!
脱マンネリストで心理カウンセラーのおにぎりです。
今回もよろしゅう!!
今回の話題は「負けか勝ちか失敗か成功は死ぬまで分かんない!ってマインドは大事」という話です。
今回は以下のような方に向けておおくりします。
・話しのネタが欲しい人
・何となくやる気がしない人
何となく漠然と「自分の人生お先真っ暗で詰んだ」と思っている人いると思います。
まあ、わたしも大学受験失敗したときは「あ、もうさっさと死ぬかな、生きててもシャーねえし」て一瞬思いましたからね、わからんではないっす。
ただ綺麗ごとっぽく聞こえるかもしれませんが、「生きている限りは少しなりとも可能性はある」ものですので「何度でも挑戦したらいいのではないか」と思うんですね。
そう、負けを認めるなら「死んで初めて負けを認めればいい」です。
死ぬまでは試合は終わってないんですから、まあいろいろとやってみたらいいんですわ。
、、、とまあ、こんなことが言いたいっていうのが今回の話題ですな。
では、ゆるりとおおくりします。
目次
死んで初めて負けを認めろぉぉぉお!
最近では、すっかり「勝ち組負け組」という言葉が一般化した感じがします。
正直、個人的には「勝った負けたとかようわからんなあ」という印象ですが、今ではこういった言葉は普通に使われている気がしますねえ。
こういった言葉を受験の様な点数で明確に合否が決まる場面で使うならまだわかるんですが、社会的に有利な立場にあるかどうかで勝った負けたを決めるのはどうもモヤモヤします。
社会的に有利かどうかなんて結構その時々の社会情勢等ですぐひっくり返ってしまうので、あんまり勝ち負け判定ができる気がしません。
勝ち負けなんて所詮一時的なものなんですわな。
それに「諦めなければそれは失敗ではない」みたいな主張もありますね。
要は、ちょっと極論じみているけど、成功するまで戦えば失敗ではないだろってことですわな。
死ぬまではいくらでも何がしかの形で再戦のチャンスは残されているのかもしれません。
そう思うと、「負けとは死ぬ際に自分が負けたと強く自覚する時に決定されるもの」とすら思えてきますねえ。
一時の勝負の勝ち負けにこだわるよりも、「自分は負けた」と死に際に思わない様に人生を生きた方が賢明かもしれません。
つまり、「負けをみとめるってんなら、死んで初めてその負けをみとめろぉぉぉぉぉ!!!」て感じですかな。
再戦のチャンスがある限り負けではないって事でいいのではないいのでしょうか?
勝ちとか負けとか知ったことではない。誰と戦ってんの?
上述のように「死ぬまで再戦のチャンスは何らかの形で必ず残されている」ともいえるので、「これだけは譲れん!」という事に関してはいろんな方向から何度でも戦いを挑んでいいのかもしれません。
もっとも、「ほぼ不可能だろう」ってことに関してはあきらめる必要も出てきますけどね。
ただ、原則的には「何度でも挑めばいい」と言えるでしょう。
先ほどは、「負けを認めるなら死んで初めて認めりゃいい」等と言いましたが、そもそも本当は「勝ち負けなんて意識しなくていい」んですね。
記事のタイトル的に元も子もない感じですが、そう思います。
他人との比較で自分の優劣を考える必要は全くなくて、「比べるなら昨日の自分」なんですわね。
人との比較ではなく過去の自分と今の自分を比べて一体どこが進歩したかを考えて日々精進すればいいんです。
他人と比べだすと、自分に自信がなくなるだけでいい事なんてないですからね。
比較するにしても目的を決めて比較していきたいものです。
例えば、自分がユーチューブチャンネルをすでに持っていてこれから成功したいならヒカキンさんやはじめしゃちょーさん、ヒカルさん等を始めとした大物ユーチューバの戦略分析をして成功ルートを導き出すとかいった感じですかね。
自分より成功している人に対しては、「なんて自分は劣っているのか」なんていう比較の仕方ではなく、「どうしてこの人は成功したのか?自分のやり方と何が違うのか?」といった視点からだけの比較に限るべきかと思います。
そして分析結果をもって試行錯誤を実際にして、また分析しての繰り返し。
、、、そんな気がしますねえ。
もうリングから降りて我が道を行こう
自分よりすごい人がいると得てして、人は「くそう、何か負けていて悔しい!」と思ってしまうものです。
特に競争心が強くなりがちな男性はそうでしょう。
しかし、こういった意識はあまり精神的にいいものとは言えない気がします。
どうも心が乱れて気分が悪いです。
なので、もういっそ競争からは完全に下りてしまって我が道を行くのがいいかもしれません。
他人と比べて優れているか劣っているかではなく、「純粋に自分がやりたいからやっている」という心理までもっていくという事ですね。
そうすれば一々、他者の動向なんかに振り回されなくなると思います。
もちろん、仕事などで結果を求める際には自分と競合する相手との違いをリサーチするのが必須でけども、それはあくまでも「自分が仕事を成功させるための手段」と割り切る必要があるでしょうな。
間違っても、「あの人は凄いけど自分は、、、」なんて以降はしてはいけないですね。
というか、この思考は結果を出すうえで無駄ですから。
、、、とはいえ、この手の比較はついついしてしまうものですよね。
分からんではないです。
この手の比較への対策としては、「自分が何を大事にしたいかをはっきりさせる」というのがいいかもしれません。
ちょっとカッコつけた言い方をするなら、「自分の人生の軸を見つけてぶれないようにしておく」って感じですかね。
自分が何を大事にしたいかわかっておくと、いちいち他人が成功したとかしないとかそんなことはどうでもよくなってきます。
自分が自分の人生を生きていれば他の人の動向なんて基本的にどうでもよくなるんですな。
という事で、自分の大事にしたいと思うものを探してみてはいかがでしょうか?
その具体的な方法等については以下の記事を参考にしてみてくださいな。
おわりに
この記事は「負けか勝ちか失敗か成功かは死ぬまで分かんない!ってマインドは大事」と題しておおくりしました。
ことさら勝ち組とか負け組とか言った分類にこだわる人が一定数いるものですが、正直そんな分類は一時的なものであまり意味があるものではないです。
人生はやや極論じみた言い方ですが、「生きている限り再戦の機会は失われていない」ので死ぬまで負けかか勝ちかなんてわからないと思います。
というかそもそも、勝ち負けがどうとかいう競争なんてやめて自分の大事にしたいもののために人生を送るようにしましょう。
競争の中にいる限り幸せになれないと思いますぞ。
もう競争のリングから降りてしまいましょう。
ま、そういう事。
では!